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ブラッディマリー

   
◎あるバー
マスター「お客さん、今日のスーツ姿もダンディーですね。ワインレッドのシャツとネクタイなんて、一歩間違えればやくざに見えてしまうのに、あなたはトレンディードラマの俳優さんのように似合ってますよ」
男「仕事のときはいつもこんな格好なんですよ。目立たないように暗い雰囲気の服装をしているんです」
マスター「暗いだなんてとんでもない」
男「逆に目立ちますかね」
マスター「ええ、でも、悪い感じじゃないし、顔もスタイルもいいから、さぞ女性社員にもてるんでしょうね」
 苦笑する男。
男N「女ほど恐ろしいものはない。仕事で女性と話をすることは多いが、プライベートではいっさい話はしない」
男がスクリュードライバーをもう一杯注文したとき、一人の女(31)が店に入って来る。赤いワンピースを着た、背の高い女。
女は店の中を観察するように見回してから、カウンターの端に座る。
男は女を見ると、はっとして、とっさに目が合わないように視線をそらす。
マスター「お客さん、あの赤い服の女性と知り合いで」
男「いや、違いますよ。綺麗な女性なので驚いただけです」
女は自分の服と同じ色のカクテルを目の前に置いて、ちらり、ちらりと観察するような視線を男に向ける。
マスター「彼女、お客さんに気があるんじゃないんですか。何度もあなたのことを見てますよ」
男「彼女が見ているのは、俺じゃないですよ」
マスター「じゃあ、何で視線をこっちに送ってるんです」
男「マスターも鈍感ですねえ。あなたを見てるに決まってるでしょう」
マスター「わ、私を」
男「マスターも隅に置けないですねえ。あんな美女に狙われるなんて」
  女はいつのまにか、細い指先に煙草を挟んで、口にくわえる。
  ライターで煙草に火がともる。
男「彼女は、きっと狙った獲物は逃さないタイプですよ。俺にはわかります。彼女は今晩、きっとあなたをベッドの上で天国に連れていってくれますよ」
マスターは顔を赤らめて、気色悪い表情でにやける。
マスターが女に目を向けた瞬間、女は煙草の煙を吹きかけるように吐き出す。
マスターを手招きして、男は耳元で囁いた。
男「煙草の煙を吹きかけるっていうのは合図ですよ。奥の部屋のベッドを綺麗にしておいたほうがいいんじゃないですか」
女の赤いマニキュアの指にはめられたルビーの指輪を見ながら、男はマスターに、
男「カクテル『ブラッディマリー』を彼女に……」
マスターは慣れた手つきでカクテルを作ると、震える手で女の前に置く。
男からだということを告げられて、女は男のほうを怪訝そうに見る。そして、男と目が合うと、女は声を出しそうになった口を押さえながら、すぐに目線を外した。女は男が誰だか気が付いた。
男「じゃあ、俺。そろそろ帰りますよ」
マスター「えっ、もうお帰りですか。まだ来たばかりじゃないですか」
男は名残惜しい気持ちでマスターを見つめるが、マスターは男が二人きりになれるように気をきかしたと思い、すぐに伝票を差し出す。
男「まったくあの女、やる気満々じゃないか。もう勝手にしてくれ」
  店を出て、男はそう吐き捨てた。
男N「二度と、この店に来ることはないな」

◎ある街灯の下
  男は街灯の下で立ち止まると、煙草をくわえ、ジッポーを鳴らす。そして、街灯に群がる虫に煙を吐きかけ、呟く。
男「ブラッディマリー、か」
男N「それが、女のニックネーム。同業者の俺は、何度か会ったことがある。彼女は女の依頼しか受けない。女の復讐心を形にしてくれるのが彼女だ」
  男はもう一度ライターを点け、すぐには消さず、炎をじっと見つめる。
男「マスターは天国行き……」
  呟くと同時に、炎の中にマスターと女の顔が浮かんだ。
男「やれやれ、またくつろげる店を探さないといけないのか」

END