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<title>ホラー小説、大暴走！</title>
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<description> 「ホラー小説、大暴走！！」は、管理者 廣海好 の書いた創作小説の掲載を主な目的として開設しました。</description>
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<title>ようこそ、「ホラー小説、大暴走！！」へ</title>
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<description>「ホラー小説、大暴走！！」は、管理者 廣海好 の書いた創作小説の掲載を主な目的として開設しました。すべて無料のコンテンツであり、当サイトから課金が発生することはありません。--------------------------------------------------------------------------------■ 掲載作品について----------------------------------------------------------------...</description>
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<dc:creator>廣海好</dc:creator>
<dc:date>2015-05-05T00:00:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
「ホラー小説、大暴走！！」は、管理者 廣海好 の書いた創作小説の掲載を主な目的として開設しました。<br /><br />すべて無料のコンテンツであり、当サイトから課金が発生することはありません。<br /><br /><br />--------------------------------------------------------------------------------<br /><br />■ 掲載作品について<br /><br />--------------------------------------------------------------------------------<br /><br />長編、短編ともに、すべてオリジナルです。<br />商業作品の二次創作（いわゆるファンストーリー）はありません。<br /><br />※注<br />アダルト小説（性描写のみを目的とした小説）はありません。<br /><br />--------------------------------------------------------------------------------<br /><br />■ 著作権について<br /><br />--------------------------------------------------------------------------------<br /><br />当サイトに掲載している文章の著作権は 廣海好 にあります。<br />また、贈っていただいたイラストやテキストなどは、作品の制作者に著作権があります。<br /><br />個人的な興味や趣味などで、自分だけで使用する。<br />または、家庭内や家族で使用する場合をのぞき、無断コピー、転載等は、固くお断りいたします。<br /><br />上記のお断りは、法律で許される範囲内での、文章の「引用」を、すべて制限するという意味ではありません。<br />たとえば、書評サイトなどで、正確な書評を作成するため、作品の一部を引用なさる場合などが、これにあたります。<br /><br />ネット小説の発展を願い、小説検索サイトおよび、書評サイトの活動に賛同いたします。<br /><br /><br />--------------------------------------------------------------------------------
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<title>ブラッディマリー</title>
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<description>   ◎あるバーマスター「お客さん、今日のスーツ姿もダンディーですね。ワインレッドのシャツとネクタイなんて、一歩間違えればやくざに見えてしまうのに、あなたはトレンディードラマの俳優さんのように似合ってますよ」男「仕事のときはいつもこんな格好なんですよ。目立たないように暗い雰囲気の服装をしているんです」マスター「暗いだなんてとんでもない」男「逆に目立ちますかね」マスター「ええ、でも、悪い感じじゃないし、顔もスタイルもいいから、さぞ女性社員にもてるんでしょうね」 苦笑する男。男N...</description>
<dc:subject>ブラッディマリー</dc:subject>
<dc:creator>廣海好</dc:creator>
<dc:date>2007-10-22T10:23:22+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　　　<br />◎あるバー<br />マスター「お客さん、今日のスーツ姿もダンディーですね。ワインレッドのシャツとネクタイなんて、一歩間違えればやくざに見えてしまうのに、あなたはトレンディードラマの俳優さんのように似合ってますよ」<br />男「仕事のときはいつもこんな格好なんですよ。目立たないように暗い雰囲気の服装をしているんです」<br />マスター「暗いだなんてとんでもない」<br />男「逆に目立ちますかね」<br />マスター「ええ、でも、悪い感じじゃないし、顔もスタイルもいいから、さぞ女性社員にもてるんでしょうね」<br />　苦笑する男。<br />男N「女ほど恐ろしいものはない。仕事で女性と話をすることは多いが、プライベートではいっさい話はしない」<br />男がスクリュードライバーをもう一杯注文したとき、一人の女（３１）が店に入って来る。赤いワンピースを着た、背の高い女。<br />女は店の中を観察するように見回してから、カウンターの端に座る。<br />男は女を見ると、はっとして、とっさに目が合わないように視線をそらす。<br />マスター「お客さん、あの赤い服の女性と知り合いで」<br />男「いや、違いますよ。綺麗な女性なので驚いただけです」<br />女は自分の服と同じ色のカクテルを目の前に置いて、ちらり、ちらりと観察するような視線を男に向ける。<br />マスター「彼女、お客さんに気があるんじゃないんですか。何度もあなたのことを見てますよ」<br />男「彼女が見ているのは、俺じゃないですよ」<br />マスター「じゃあ、何で視線をこっちに送ってるんです」<br />男「マスターも鈍感ですねえ。あなたを見てるに決まってるでしょう」<br />マスター「わ、私を」<br />男「マスターも隅に置けないですねえ。あんな美女に狙われるなんて」<br />　　女はいつのまにか、細い指先に煙草を挟んで、口にくわえる。<br />　　ライターで煙草に火がともる。<br />男「彼女は、きっと狙った獲物は逃さないタイプですよ。俺にはわかります。彼女は今晩、きっとあなたをベッドの上で天国に連れていってくれますよ」<br />マスターは顔を赤らめて、気色悪い表情でにやける。<br />マスターが女に目を向けた瞬間、女は煙草の煙を吹きかけるように吐き出す。<br />マスターを手招きして、男は耳元で囁いた。<br />男「煙草の煙を吹きかけるっていうのは合図ですよ。奥の部屋のベッドを綺麗にしておいたほうがいいんじゃないですか」<br />女の赤いマニキュアの指にはめられたルビーの指輪を見ながら、男はマスターに、<br />男「カクテル『ブラッディマリー』を彼女に……」<br />マスターは慣れた手つきでカクテルを作ると、震える手で女の前に置く。<br />男からだということを告げられて、女は男のほうを怪訝そうに見る。そして、男と目が合うと、女は声を出しそうになった口を押さえながら、すぐに目線を外した。女は男が誰だか気が付いた。<br />男「じゃあ、俺。そろそろ帰りますよ」<br />マスター「えっ、もうお帰りですか。まだ来たばかりじゃないですか」<br />男は名残惜しい気持ちでマスターを見つめるが、マスターは男が二人きりになれるように気をきかしたと思い、すぐに伝票を差し出す。<br />男「まったくあの女、やる気満々じゃないか。もう勝手にしてくれ」<br />　　店を出て、男はそう吐き捨てた。<br />男N「二度と、この店に来ることはないな」<br /><br />◎ある街灯の下<br />　　男は街灯の下で立ち止まると、煙草をくわえ、ジッポーを鳴らす。そして、街灯に群がる虫に煙を吐きかけ、呟く。<br />男「ブラッディマリー、か」<br />男N「それが、女のニックネーム。同業者の俺は、何度か会ったことがある。彼女は女の依頼しか受けない。女の復讐心を形にしてくれるのが彼女だ」<br />　　男はもう一度ライターを点け、すぐには消さず、炎をじっと見つめる。<br />男「マスターは天国行き……」<br />　　呟くと同時に、炎の中にマスターと女の顔が浮かんだ。<br />男「やれやれ、またくつろげる店を探さないといけないのか」<br /><br />END
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<item rdf:about="http://horror.1to.org/article/62668681.html">
<title>桜</title>
<link>http://horror.1to.org/article/62668681.html</link>
<description> 体温計を看護婦に返すと、武史は狭いベッドでうずくまった。酸素吸入用のチューブがうざったくて何度も首を動かした。視線の先にはカーテンの閉じられた窓があり、その隙間から緑の葉だけが残る桜の木が見える。「範子……」 そう呟くと武史の頭の中には、三日前の出来事が鮮明に蘇った。 会社帰りの電車の中で急に胸が苦しくなった武史は、最初は疲れているのかと思っただけだった。入社して三年目の春。そろそろ疲れも溜まってきているのだろう。しかし、しだいに背中の筋肉が剥がれ落ちたような激痛を感じはじ...</description>
<dc:subject>桜</dc:subject>
<dc:creator>廣海好</dc:creator>
<dc:date>2007-10-21T09:23:22+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　体温計を看護婦に返すと、武史は狭いベッドでうずくまった。酸素吸入用のチューブがうざったくて何度も首を動かした。視線の先にはカーテンの閉じられた窓があり、その隙間から緑の葉だけが残る桜の木が見える。<br />「範子……」<br />　そう呟くと武史の頭の中には、三日前の出来事が鮮明に蘇った。<br />　会社帰りの電車の中で急に胸が苦しくなった武史は、最初は疲れているのかと思っただけだった。入社して三年目の春。そろそろ疲れも溜まってきているのだろう。しかし、しだいに背中の筋肉が剥がれ落ちたような激痛を感じはじめた。武史は疲れているだけにしては重い症状に、自分の体の中で何が起こっているのか分からず不安になった。<br />　次の日になっても痛みは収まらなかった。それどころか、さらに激しい痛みを感じた武史は会社を休んで病院に行った。医者から告げられた病名は気胸。肺の背嚢が破れて空気が漏れる病気だ。幸い症状は軽く、入院して安静にしていれば、二、三日入院して、あとは自宅療養すれば治るらしかった。重病じゃなくてよかった。いい休暇になると武史は前向きに考えて、医者の言うとおりに入院した。<br />　本もテレビもないベッドの上は暇だった。武史は安静にしているように言われていたが、時々はゆっくり歩くようにも言われていたので、ふらりと休憩所に行った。<br />　ドアを開けて中を覗くと、五、六人が座れるような狭い部屋に、テレビが一台と本棚が置かれていた。本棚には古い文庫本が押し込められていた。武史は入ることをためらった。というのは、一人の若い女性がテレビの前に座っていたからだ。もし自分が入っていったら、せっかく一人でくつろいでいる彼女のじゃまになるのではないかと思ったのだ。<br />　背を向けて座る女性は、風が吹いたら飛んでいきそうな、細い繊細な髪が肩まで伸びている。後ろ姿を見ただけで、若い女性だということはすぐに分かった。<br />　彼女は人の気配を感じて振り返った。武史はビデオの静止画のように動きが止まった。優しさを含んだ大きな目と、奥ゆかしさを表す小さな鼻。白い肌に、赤い口紅が浮いたように見える。武史の理想としていた女性の姿だった。<br />　武史は軽く会釈するのが精一杯だった。女性ははにかむような笑顔を見せて、慌ててパジャマの一番上のボタンをはめた。そのしなやかな動作を見て、武史は激しく胸が鼓動するのを感じた。肺の痛みも打ち消されていた。見舞いの人がパジャマ姿で休憩所にいるわけもなく、武史は彼女が自分と同じ入院患者だと知った。すると、なぜか親近感を感じて、話しかける勇気が生まれた。<br />「温泉。好きなんですか？」<br />　テレビで温泉を紹介する番組をやっているのを見て言った。<br />　彼女は戸惑った表情で、ちらりと武史を見ただけで何も答えなかった。甘い香水の香りがした。<br />「僕は好きなんです。自分の体温より一度くらい高いお湯にゆっくりと浸かる。最高に気持ちいいですよ」<br />　彼女の目はテレビに向いたままだった。そして、次の温泉の紹介が始まると、彼女はため息をついて目を伏せた。もう見る気はないといった感じだった。武史は彼女の辛そうな様子が気になった。<br />「僕、何か気にさわるようなことを言いました？」<br />　彼女は弱々しく顔を横に振った。<br />「違うの。海……。海が見たいの」<br />　それだけ言って、彼女は時計を見た。三時三十分。彼女は立ち上がった。震える手を隠すように、背を向ける。<br />「海？」<br />　さっき彼女が熱中して眺めていた温泉の向こうには確かに海が映っていた。温泉の効能をつたえる女性レポーターの後ろに広がっていた、壮大な海の景色。それを思い浮かべた。彼女は部屋を出ていこうとしていた。「待って」<br />　振り返る彼女。<br />「時々ここに来るの？」<br />「毎日この時間に……」<br />　ビブラートのかかった震える声が魅力的だった。彼女ははにかんだ笑顔と胸を熱くさせる甘い香りを残していなくなった。武史はしばらく立ち上がったまま、彼女の出ていったドアを見つめていた。<br /><br />　武史が部屋を出ると、看護婦たちがあわただしく走り回っていた。武史はぶつかりそうになるのを避けながら、病室に向かった。長い廊下の奥の部屋に何人もの看護婦が消えていった。白衣姿の先生も階段をかけ上がってきた。看護婦や先生が走るときは、患者の様態が急変したときに限る。<br />「何かあったのか？」<br />　独り言のように呟いた。<br />　同部屋の佐藤という糖尿で入院中の男が、その騒がしい方から歩いてきた。<br />「おい、兄ちゃん。大変だぞ」<br />「どうしたんです？」<br />　佐藤は周りを見回してから、小声で言った。<br />「殺人らしい」<br />　武史は一瞬言葉の意味が理解できなかった。間があってから、<br />「殺人？」と大声を出した。<br />「静かに。聞かれるとまずい」<br />「佐藤さんはどうしてそれを？」<br />「洗面所でうがいをしていたら、前の部屋で話合う先生の声が聞こえてきたんだよ。話によると、毒殺らしい」<br />「病院で殺人だなんて信じられない。自殺じゃないんですか？　重い病気で将来を悲観したとか、ありがちでしょう」<br />「死んだ男は、食中毒で入院したんだ。体が悪い訳じゃない。それに、明日には退院する予定だったんだ。自殺する必要なんてないだろ」<br />「それじゃあ、何かの事故ってこともあるでしょう。病院なんだから、看護婦や先生のミスとか」<br />　今まで生きてきて、殺人が周りで起きたことはなく、心のどこかでテレビの中だけのできことだと思っていた武史は、殺人が現実に行われている事実を理解したくなかった。<br />「紙パックのジュースの中に毒が入っていたらしい。家族の話によると、自分たちで買ったものではないらしいから、誰かにもらったんだよ」<br />「もらった飲みものに毒か」<br />「君もむらみやたらに人から食べ物をもらわないように気をつけた方がいい」<br />「この病院の中に、殺人犯がいるのか……」<br />　病気を治しに来た病院の中で殺されるなんて自分は嫌だと鋭い視線を、廊下の奥に向けた。急に痛みだした肺を押さえながら、ベッドで横になった。<br /><br />「昨日の事件は驚いたね。病院にいるの怖くならなかった？」<br />　軽く挨拶したあとに武史はそう切り出した。昨日と同じ時間、三時に休憩室で彼女を待つと、すぐに現れた。<br />「ちょっと、怖いけど私は大丈夫。知らない人からものをもらったりしないから。近藤君は病院にいたくない？」<br />　自分名前を言われて、武史はびくりとした。<br />「どうして、僕の名前を？」<br />　彼女は照れたように、頬を赤らめた。<br />「看護婦さんに聞いたの」<br />「そうだったんだ」<br />　武史は大きく息を吸い込んで続けた。<br />「実は、僕も聞いたんだ。小林範子さん」<br />　テレビの釣り番組では、川で鮎を釣り上げる場面が映し出されていた。魚を捕らえた竿が、折れそうなくらいにしなっている。<br />「僕、明日退院するんだけれど、今度は小林さんのお見舞いに来てもいいかな？」<br />　範子は手で口を押さえながら、軽く笑った。<br />「そのセリフ、何度練習したの？」<br />「えっ」武史の額に汗が噴き出す。<br />「紙に書いてあるセリフを棒読みしたみたいだったわ」<br />「ごめん、君に会うと緊張して話せなくなるから、この言葉だけは練習したんだ」<br />　昨日とは別人のような範子の明るい態度に、武史はしだいに緊張が緩んできた。<br />「練習不足ね。もう一回言ってみて」<br />　武史は咳払いした。<br />「明日退院するんだけれど、今度は小林さんのお見舞いに来てもいいかな？」<br />　範子はあごに手を置いて、渋い顔をした。<br />「まあ、合格かな。でも、お見舞いに来る必要はないわ」<br />「どうして？　僕の家はここから近いから毎日だって来られるのに」<br />「だって私は、今日退院するのだもの」<br />　ぱっと範子の表情が明るくなった。つられて、武史も頬が緩んだ。<br />「そうだ。海が見たいって言ってたよね。明日、海を見に行こうよ。僕、車持ってるから連れて行ってあげるよ」<br />　武史と範子は待ち合わせ場所を決めて別れた。武史の肺にできた穴はすでにふさがっていた。しかし、肺がしぼんだときに出た体液が神経痛のように背中や脇の筋肉に痛みを走らせた。彼女と出会って二日、痛みを感じたときに思い浮かべるのはいつも彼女の姿だった。この先も彼女と一緒なら、どんな辛いことも乗り越えていける。武史はそう信じた。<br /><br />　彼女を乗せて車を走らせること一時間。海が見えた。窓を開けると、塩辛い潮の香りがしてくる。<br />「ほら、見てごらん。木の隙間から海が見えるよ」<br />　範子は窓から顔を出して、海を眺めた。細い髪がなびいて、彼女の顔を覆った。<br />「そんなに顔を出したら危ないよ」<br />　そのまま車の外に落ちていきそうだった範子を引き戻した。<br />「海岸を歩きたい」<br />　海に視線を向けたまま範子が言った。僕は黙って、海岸沿いの道路に車をとめた。<br />　海辺は風邪が強く、人影はなかった。武史と範子は波打ち際へとゆっくりと歩いた。範子は靴に砂が入るのを嫌って、素足で走った。スカートが風に舞う。武史には範子の姿が妖精のように見えた。<br />「待ってよ」<br />　武史は追いかけた。走り出すと同時に背中に痛みを感じた。まだ完治したわけではないことは自分でよく分かっていたが、範子を心配させたくなかった武史は笑顔を崩さなかった。<br />　範子は足に波がかかるところまで行くと、振り返った。<br />「来て、気持ちいいわよ」<br />　武史も靴を脱いで範子の隣まで行った。やさしく波が打ち寄せる。地平線の真上に輝く夕日の光が海を照らして、海の中に黄金がいくつも浮かんで見えた。<br />　範子は子供のようにはしゃぎ、武史はそれをやさしく見守った。<br />「今日はありがとう。いい思い出ができたわ」<br />　砂浜に腰を下ろすと範子が言った。<br />「汗かいたね」範子の額が光った。<br />　範子は手さげ鞄から紙パックのジュースを取り出して武史に渡すと、自分も一つ出して、ストローを刺して口を付けた。武史は一口飲んでから言った。<br />「こうして隣に座っていると、君とはもう何年も一緒にいるような気持ちになるよ」<br />「それって、愛の告白？」<br />　恥ずかしがって、範子はおどけた。しかし、武史の真剣な表情を見て、顔を引き締めた。<br />「君となら、この先、どんな辛いことがあってもくじけないでがんばっていける気がする。僕と結婚してくれないか？」<br />　範子は予想していなかった突然のプロポーズの言葉に、どう答えていいか分からず、ただ黙った。<br />「本気で君のことが好きなんだ」<br />　しばらくの間、波の音だけが二人の耳に届いた。<br />「ねえ、今のプロポーズの言葉何回練習したの？」<br />「また棒読みだった？」<br />「ちょっとね。でも、気持ちは伝わった」<br />「じゃあ……」<br />　範子は首を横に振る。<br />「私たち知り合って、まだ三日目よ。あなたは私のことを何も分かってないし、私もあなたのことを知らない。結婚なんて考えられないわ」<br />「結婚してから、お互い理解し合っていったっていいじゃないか。そういう付き合い方だってあるさ」<br />　範子は目を細め、地平線の向こうを見つめた。赤く染まった雲の中に、鳥の群が消えていった。<br />「やっぱり、あなたは私のことを何も分かっていない。私はあなたが思っているほど、美しくもなければやさしくもない。本当は醜くて、卑しくて、非情な女なの」<br />「そんなの嘘だ。海を見て、子供のようにはしゃいだ君が、悪い人間のはずがない」<br />「あなたは運が悪かったわね。私なんかと出会うなんて」<br />　範子は武史の言葉を無視して話を続けた。<br />「僕は運が悪くなんかない。君と出会えて、むしろ幸運だったんだ。君は自分が思っているほど、悪い人間じゃないよ。もっと自分のいいところを……」<br />「うるさい」<br />　範子の叫び声に、武史は息を詰まらせた。<br />「黙っていようと思っていたけれど、あんたがあんまりお人好しでかわいそうだから、本当のことを言うわ。退院したなんて嘘、私は退院してないの。まだ入院患者よ」<br />「嘘だろ？　昨日退院だって言ったじゃないか」<br />「あなたをだましたのよ。私はウィルスに対する抵抗力が極端に低くなる病気なの。だから、一生病院から外に出ることは出来ない」<br />　その言葉を聞いて、武史は範子の手を引っ張った。<br />「早く帰ろう。外にいたらウィルス性の病気になってしまうんだろ。今ならまだ間に合う。きっと両親も心配しているよ」<br />「五歳で発病してから、もう二十年近く、病院の中。最近じゃあ、親もお見舞いに来てくれなくなった。一人ぼっちなのよ。誰も心配なんかしてないわ」<br />「僕は君の体が心配なんだ。さあ、早く」<br />「だめ、帰れない。あなたの病気は寝てるだけで治ったかもしれないけれど、私の病気は一生治らないの。毎日毎日、同じ治療を繰り返して、命を長引かせて無駄に生きるだけ」<br />「生きてるだけでいいじゃないか。生きてさえいれば、楽しいこともある」<br />　つまらない言葉しかかけてやれない自分に、武史は苛立った。<br />「私には耐えられないの。周りの人たちに、早く死んでしまえという目で見られるのが」<br />「……」<br />「それに、病院に行ったら私、警察につかまるもの」<br />　範子の目に涙が浮かんだ。<br />「昨日、毒を飲んで亡くなった人がいたでしょ？　あれ私が犯人なの」<br />　武史は腰が抜けたように、地べたに座った。<br />「そ、そんな。どうして？」<br />「私は、いてもいなくてもどうでもいい存在。病気が長引くに連れて、誰にも相手にされなくなって、邪魔もの扱いよ。誰にも必要とされないのに生きるってことに耐えられなくなったの。だから、死のうと思った。でも、一人で死ぬのは嫌だった。一人で死ぬなんて寂しいもの。だから、あの人に毒を入れたジュースをあげたの」<br />「僕が君と初めてあったとき、すでに君は殺人を？」<br />「そうよ。私は人を殺し……」<br />　範子は言葉の途中で咳き込んだ。口を押さえる手の隙間から、血が滴り落ちた。落ちた血は砂に染み込まず、どす黒いしみを作った。<br />　武史は範子の傍らに横たわったジュースのパックに視線を送った。<br />「さっきのジュースに毒がはいっていたのか」<br />　武史は範子の肩を抱えた。<br />「しっかりしろ。今救急車を呼んでやる」<br />　範子は携帯を取り出す武史の手を止めた。<br />「もういいの。私は最初から死ぬつもりだったから」<br />　武史は崩れ落ちた範子の体を胸の中で支えた。その瞬間、背中に激痛を感じた。胸の辺りで紙が破れるような音がする。また、肺が破れたのを感じた。しかし、武史には痛みを感じる余裕がなかった。<br />「安心して、あなたのジュースには毒は入っていないわ」<br />　発する言葉もなく、小刻みに痙攣する範子の体を支えながら、武史は唇を震わせた。<br />「あと一日早くあなたと出会っていたら、私のような人間でも幸せになれていたのかなあ？」<br />「ああ」<br />　武史の頬を伝わって落ちる涙が、範子の頬に落ちた。<br />「最期に海が見れてよかった。生まれて始めてだったの。海を見たのは」<br />　範子は残った力を降り絞って砂を握り締めた。指の間から砂が落ちきると、それを合図にするように範子は目を閉じ、全身の力を失った。<br />　武史は範子の体を力一杯抱きしめ、胸の苦しさに耐えながら、何時間も鳴き続けた。<br /><br />　再び入院することになった武史は、病室の窓から、散り果てた桜を見つめていた。<br />「近藤さん。検温の時間ですよ。体温を測ってください」<br />　武史は体温計を受け取りながら言った。<br />「ねえ、看護婦さん。小林範子さんってどういう子だったの？」<br />　看護婦はしばらく天井に視線を向けてから口を開いた。<br />「あまり知らないわ。長い間入院していたみたいだけれど、おとなしい子でほとんど話をしたことがなかったから」<br />「そうですか。ありがとう」<br />　あと一ヶ月もしたら、彼女のことを何人が覚えているのだろうか？　でも、武史は彼女のことを忘れることはないと確信していた。桜が散っても、その花の美しさを忘れないように、武史の頭の中には、彼女の姿が焼きついて離れなかった。<br />　<br />END
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</item>
<item rdf:about="http://horror.1to.org/article/62668680.html">
<title>幸せ製作所</title>
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<description> 昨日までの台風が嘘のように晴れわたった空。雲一つない青一色。道に散らばった紙くずや空き缶が悲しく見えた。俺は大学の講義に出席するため、いつものように駅に止めた自転車の鍵と格闘していた。「くそっ、今日の鍵はいつにも増して不機嫌らしいな。外れやしない」 鍵がさびたから買い換えようと思っていたのだが、まだ使えるからとそのままにしていた。 ぶつぶつ文句を言っていると、背後から声が聞こえた。ドラマのヒロインのような澄んだ美しい声に、俺はすぐに反応して振り返った。 ショートカットで、目...</description>
<dc:subject>幸せ製作所</dc:subject>
<dc:creator>廣海好</dc:creator>
<dc:date>2007-10-20T08:23:22+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
　昨日までの台風が嘘のように晴れわたった空。雲一つない青一色。道に散らばった紙くずや空き缶が悲しく見えた。俺は大学の講義に出席するため、いつものように駅に止めた自転車の鍵と格闘していた。<br />「くそっ、今日の鍵はいつにも増して不機嫌らしいな。外れやしない」<br />　鍵がさびたから買い換えようと思っていたのだが、まだ使えるからとそのままにしていた。<br />　ぶつぶつ文句を言っていると、背後から声が聞こえた。ドラマのヒロインのような澄んだ美しい声に、俺はすぐに反応して振り返った。<br />　ショートカットで、目鼻立ちのはっきりとしたかわいいタイプの女性だった。年齢は俺と同じくらいだろうか。まだあどけなさが残っている。<br />「友達と『ぱすてる』っていう名前の喫茶店で待ち合わせしているんですけど、場所が分からなくて困っているんです。知っていたら教えていただけないでしょうか？」<br />　『ぱすてる』ならよく知っていた。古い置き時計が所狭しと飾られた雰囲気のいい喫茶店で、休講になったりして時間があるときにたまに寄る。コーヒーより紅茶がうまい。<br />「この道をまっすぐ行って、最初の交差点の角ですよ。今ならまだランチに間に合います。もし食事がまだでしたら食べてみたらいいと思いますよ」<br />「ちょうどお腹が空いていたところなんです。ランチがおいしい店なんですか？」<br />「日替わりで、夜と同じメニューが半額くらいで食べることができますからね。お得なんです。まあ、メニューを選べないから嫌いな献立だったらダメですけど」<br />　女性はピンク色の唇に人差し指を当てた。なんとも魅力的な仕草だった。<br />「あなた、喫茶店のランチはよく食べるの？」<br />「たまにですけど。安くておいしいから幸せな気分になれるでしょ」<br />「幸せねえ……」<br />「大学の食堂もいいんですけれど、混んでいるし、毎日じゃあ飽きますよ。ああ、言い忘れていたけれど、俺は大学生なんですよ」<br />　彼女は俺の話など聞いていない様子でしばらく考えた後、一歩近づいてこう言った。<br />「行くと幸せになれる場所があるんだけれど、行ってみる気はない？」<br />「幸せになれる場所……ですか？」<br />　とてもロマンチックで女の子らしい話題だ。でも、見ず知らずの、会って数分しか経っていない相手に言う台詞じゃない。<br />「あまり乗り気じゃないみたいですね。もう十分に幸せだからこれ以上幸福を求めないとか、そういった感じの人なのかしら？」<br />幸せになりたいだなどと考えたことはなかった。今が幸せだからだとかそういうわけではなく、毎日ただなんとなく生活するだけで、難しいことは考えたことがなかった。ただ、苦労もしないで楽に生きていけたらいいなとは思う。金持ちの家に生まれ、何の苦労もなく生活していくことができたのならどんなにいいだろう。<br />「楽して生きられたら、幸せだとは思います。でも……」<br />「でも、何？」<br />「無理ですよ。俺の友達は皆、就職のために、いろいろな専門学校に通って資格を取るためがんばっているけれど、俺は何もしていませんから。何とか小さな会社に就職するのがやっとです。それを幸せなことだと感じられるように努力しますよ」<br />　女はあきれたように首を横に振った。<br />「今度の土曜。午前九時。この場所で待っているから、来なさい。私が幸せの館、ハッピーハウスに連れて行ってあげるわ」<br />　それだけ言うと、彼女は早足で歩き始めた。<br />　俺が呆然として見送っていると、彼女は突然振り返って言った。<br />「あっ、そうそう。着替えを忘れないでね」<br />　風で転がった空き缶に気を取られている間に、彼女姿は消えていた。<br />　俺が教えたのとは逆の方向に彼女が歩いていったのに気がついて追いかけたが、見つけることはできなかった。<br />「何なんだ今の女は。初対面なのに慣れ慣れしい態度で話しかけてきやがって」<br />　文句が口から出た。でも、かわいい女性と話ができて悪い気はしていなかった。<br />「そう言えば、名前を聞けなかったな」<br />　再び自転車の鍵を外そうと屈んだ。今度は簡単に外れた。<br />「土曜って言っていたな」<br />　土曜と日曜は、所属する水泳部で合宿をして大会に出場するレギュラーを決める日だった。コーチは礼儀にこだわる人だから欠席したら選んでもらえなくなることは間違いない。<br />　でも、もはや泳ぐことに情熱を失っている俺にとってはどうでもいいことだった。ついでだから、これを機会に部活を辞めてもいいと思った。<br />「行くのはいいとして、着替えを持ってこいとはどういうことだろう？」<br />　宗教や怪しいセミナーに連れて行かれそうだったら途中で帰ったらいい。<br />　自転車にまたがると、俺はいつものように大学へと向かう坂を上った。風が心地よくて、自然に笑顔になった。<br /><br />　日曜日。俺は部活の連中に会わないように注意しながら、待ち合わせ場所に急いだ。デートに行くときのようなウキウキとした気分と騙されているのではないかという不安な気持ちが入り交じり、不思議な緊張感があった。<br />「遅いなあ。九時って言ったのに。もう三十分も過ぎてる」<br />　いらいらしながら、煙草に火をつけようとした瞬間、目の前に車が止まった。赤いスポーツカー。助手席の窓が開いて、中の人物が俺に手を振った。一昨日会った生意気な女だ。<br />「早く乗って。置いてくわよ」<br />　俺は黙って彼女に従った。サングラスをかけ、シートに深く腰掛けてステアリングを握る姿が幼さの残る彼女の容姿とミスマッチして、なんだかとてもいじらしく見えた。<br />　彼女に名前を聞くと西脇遙と答えた。遙というのは俺の初恋の女の子と同じ名前で、運命的ともいえる出会いに感激した。<br />　遙は俺の質問に答える以外は終始無言で、車を走らせた。<br />「幸せの館っていうのは、どんなところなんですか？」<br />「一日泊まるだけで幸せになれる魔法の館よ。まあ、私はハッピーハウスって呼んでるけどね」<br />　遙は面倒くさそうに答えた。<br />「ハッピーハウス」<br />　俺がつぶやいたのに反応して彼女が声を出した。<br />「発音が違うわ。ハッピーハウスよ」<br />　ネイティブのように舌を巻いて発音する遙の唇を見て、胸が躍動した。<br />　要するに遙の言うハッピーハウスとやらに一泊すれば幸せになれるというわけだ。着替えを持ってこいというのは、宿泊するからだったのだとやっと納得できた。<br />「お金が必要だったり、何か怪しげなセミナーだったりしないですよね」<br />「もちろんお金は必要ないし、普通のホテルに泊まるときと同じように、自分の好きなことをしたらいいわ。ただ、二人で一部屋だから、あなたと同じ部屋には誰か別な人物が泊まるでしょうけれど」<br />　二人で一部屋と聞いて、遙と二人きりになれるのかと想像したけど、そんないい話はあるわけない。<br />　景色を眺めていると、遙が手を差し出した。手のひらにはアイマスクが乗っていた。<br />「何これ」<br />「見れば分かるでしょ、アイマスクよ。館の宿泊は無料だけど会員制だから、場所を知られたくないの。到着するまで目隠しをしてちょうだい」<br />　俺はしぶしぶマスクをして、カーステレオから流れる音楽だけを楽しみに目的地に着くのを待った。遙の慣れた態度に接している内に、今まで何人の男が俺と同じように館に連れて行かれたのだろうかと考えるようになっていた。<br />　彼女はただの案内人。俺に特別な感情を抱くわけがない。<br />　このあとの別れを想像して、そう自分に言い聞かせた。<br />　遙の髪から漂ってくる甘い香りに酔いしれていたら、いつの間にかに眠りに落ちた。<br /><br />　霧が晴れるように視界が広がると目の前に青い建物があった。館という言葉がぴったりの西洋風の建物で、二階の窓が太陽の光を反射して、幻想的に輝いていた。<br />「やっとお目覚め。もう着いたわよ」<br />　いつの間にか、アイマスクは取られていた。<br />「幸せの青い館か、どっかで聞いたことのあるような話ですね」<br />「気にしない気にしない。とっとと降りてよね。受付を済ませるから」<br />　遙は俺を急かせて降ろすと、自分だけ走って玄関に向かった。<br />　俺はゆっくりと館を眺めた。今まで映画の中でしか見たことのないような立派な建物。一泊するのかと思うと少し緊張した。<br />　建物に入ると遙が駆け寄ってきて部屋の鍵を差し出した。<br />「私はもう帰るけれど、ちゃんとここの人たちの言うことをきいて、粗相のないようにするのよ」<br />「ど、どうもありがとうございました」<br />「帰りはバスで送ってもらえるから、遅れずに乗るのよ。それと今日はゆっくり休むこと。修学旅行じゃないんだから、夜更かししちゃダメよ」<br />　遙はドアから出るまでしゃべり続けた。俺は彼女の車が見えなくなるまで見つめた。<br />　建物に戻り、突っ立っている案内係らしき男に自分の部屋と食堂の場所を訊いた。男は親切さ丸出しの笑顔で答えたが、俺が部屋に向かおうとするとき気になることを言った。<br />「一泊していただきますが、絶対に他の部屋の人と話をしないでください。たとえ廊下ですれ違っても、挨拶はなしです。もちろん、朝の挨拶もしてはいけません。唯一のルールですので必ずお守り下さい」<br />　俺は無言で頷き、二階への階段を上った。気が軋む音が、不気味に響いた。<br /><br />　泊まるのは、二階の角部屋だった。窓が草原のある方角に向かっていて、景色が良さそうだなと期待した。俺が部屋に入ると、ベッドに男が一人横たわっていた。顔を隠すようにして漫画を読んでいる。<br />　俺が来たのに気がつくと、<br />「あんたが、相部屋の人かい」<br />　と野太い声を出した。見かけは二十代前半で、俺よりは年上のようだった。細い目の奥の瞳は、俺を探るように細かく動いていた。<br />　俺が簡単に自己紹介とここに来たいきさつを説明すると、男は安心したのか、警戒心を失った目になった。<br />「俺もあんたと同じだよ。西脇遙という女性に駅で声をかけられ、車で連れてこられた。必ず幸せになれるからってな。俺の名前は辻道彦だ。よろしく」<br />　ぶっきらぼうだが、悪い人ではなさそうで安心した。<br />「一泊したら幸せになれるって本当でしょうかね」<br />「知らないよ。あの女はインチキ臭かったから、どうせ騙そうとしているのさ。館に俺たちを泊めて何をたくらんでいるのかは知らないけど、やってくれるぜまったく」<br />　騙されると分かっていて来るとは思えない。やはりこの男も、遙の魅力もさることながら、もしかすると幸せになれるかもしれないという淡い期待があったからこそ誘いに乗ったに違いない。<br />「何もしないで一日過ごすのなら、店に出ればよかったな」<br />「働いているんですか？」<br />「当たり前だろ。君のように大学にでも行っていなきゃ、二十歳過ぎの男だったらほとんどやつが働いているさ」<br />　辻は漫画本を床に投げ捨てると、天井を向いて寝転がった。<br />「俺はイタリア料理の店で働いているんだけど、今日と明日は料理コンテストの出場選手、店の代表ってやつを決める日だったんだよ。俺もまだまだ未熟だけれど、挑戦してみようかと思って店長に選考会に参加させてもらえるように頼んでいたんだ」<br />「重要な日じゃないですか。間に合うのなら、今からでも行ったらどうです」<br />「もういいさ。どうせ今から行っても遅刻だから、選ばれやしないよ。選考会に参加して、君は料理の才能がないと言われて落とされるのが怖くて逃げてきたようなものさ」<br />いきがって店長に言い寄ったけど、直前になって自分の未熟さと甘さに気がついたのだろう。<br />「辻さんもまだ若いんですから、これから何度もチャンスはありますよ。俺も今日は水泳部のレギュラーを選ぶ合宿の日だったんですけど、サボっちゃいましたよ。似たもの同士ですね」<br />「あんたも自信がなかったのか？」<br />「自信がないというより、俺の場合は、もう水泳に情熱がなくなったからですかね。今日限りで水泳部を辞めて、いい会社に就職できるように資格を取る勉強でもしますよ」<br />「不景気だと、大学生もいろいろ大変なんだな。今度店に食べに来なよ。安くはできないけど、デザートの一品くらいサービスするよ」<br />　俺は笑顔ではいと返事をした。<br />風呂はないと聞いていたので、晩ご飯を食べるとすぐに布団に潜り込んだ。食堂では自分たち以外にも何人かが食事をしていたが、一様に皆うつむいて視線を合わそうとしなかった。会話をするなと言われていたのもあるし、幸せになりたいと思って来ていることが、まるで自分は不幸ですよと言っているようで恥ずかしいのだろう。<br />俺は明日になったら幸せになっているのだろうかと、少しは期待しながら眠りについた。風で窓が揺れる音が、いつまでも耳に残っていた。<br /><br />朝起きると、朝食も食べないうちに案内役の男がやってきて、部屋を出るように言った。<br />「それじゃあ、辻さん。料理がんばってくださいね。必ず食べに行きますから」<br />　俺は料理人としてがんばっている辻にあこがれを抱き始めていた。<br />「あんたもがんばって就職先をさがしな。決まったらお祝いの料理を作ってやるから連絡しろよ」<br />　雑な言い方にも温かさがあった。<br />　一階に下りると、辻との別れを惜しむ間もなく、バスに乗せられた。そして、来たときと同じように目隠しをさせられた。知らない駅で降ろされると、俺は一人家に向かった。いつも通りの何も変わっていない自分だった。<br />　次の日になっても、特別に自分が幸福になったとは思えなかった。いつものことをいつも通りに繰り返すだけだった。変わったのは、部活を辞め、帰る時間が早くなったことだけだった。<br />「辻さんの言うとおり、騙されたのかな」<br />　よく考えれば当たり前の話だ。寝泊まりしただけで幸せが訪れる家などあるわけがない。全ては幻。夢を見ていただけだ。<br />「嘘をつかれたのは悔しいけれど、辻さんとも知り合えたし、損をしたことは何もないんだからよしとしよう」<br />　俺は自転車に鍵をかけると、駅へと歩いた。ニュースで台風が近づいていると言っていたせいか、早い時間なのに混雑していた。<br /><br />一ヶ月経っても幸運は訪れなかった。それどころか、自転車で転倒し右腕を骨折した。通学や勉強するのにも不便で、就職活動どころではなくなっていた。まるで、館に泊まって幸福になるどころか不幸になった気さえしてきた。<br />同じ部屋だった辻がどうしているのか気になって、教えてもらった連絡先に電話すると、俺と同じように幸せな出来事など何もないという。<br />「幸福になるだなんてとんでもない。俺は選考会をサボったおかげで店長から嫌われて、先週店をくびになったよ。まったくあの女、騙しやがって」<br />　怒りがおさまらない様子で吐き捨てた。<br />「遙という女性が俺たちを騙したとしたら、どんなメリットがあったんでしょうね。俺たちは一円たりともお金を払っていないわけですし、休みの日に俺たちを車で館、彼女が言うハッピーハウスに運んでも時間の無駄でしょう。何の得にもならない」<br />「宗教なんじゃないの。一人でも多くの人間を館に連れてきたら、自分に幸福が訪れると信じているのかもしれない」<br />「普通の建物だったし、怪しげな宗教には見えなかったですよ」<br />　辻はしばらく沈黙した後、こう切り出した。<br />「西脇遙にもう一度合って、どういう事情なのか説明してもらわないか？」<br />　一言でも文句を言ってやらないと気が済まないといった様子だった。<br />「でも、彼女の住んでいる場所もしらないし、見つけられないんじゃないでしょうか」<br />「俺たちが遙に会った駅があるだろ。遙は偶然に俺たちに話しかけたんじゃない。獲物をとらえるように計画的に狙っていたのさ。あそこで張っていたら新しい獲物を探しに現れるはずさ」<br />　道を訊く振りをして、本当は最初から幸せの館に連れて行くのが目的だったわけか。<br />「分かりました。さっそく今日から駅で見張りましょう」<br /><br />遙が現れるのを期待して待ち伏せしたが、何日たっても遙の姿は見つからなかった。<br />朝から晩まで、いつ現れるとも分からない人物を待って待機していると一日が何倍にも長く感じられた。一週間が経つ頃には、最初感じていた絶対に見つけてやるという情熱は冷めてきていた。<br />それでも、あきらめきれない俺たちは、今日も朝からビルの陰に隠れて、駅前を見張っていた。<br />「今はもう別な駅で活動しているのかもしれないですね。同じ駅だと俺たちのように文句を言いに来る奴に捕まるかもしれないですから」<br />　俺がそう言ったとき、やる気がなさそうな態度で煙草を吸っていた辻がいきなり立ち上がった。<br />「おい、見ろ。通りの向こう側を歩いている女性。遙じゃないのか」<br />　言い終わる前に、辻は走っていった。<br />「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」<br />距離があったから、もう少し確かめてからにしたほうがいいと思いながらも、遅れないように全力で追いかけた。<br />俺が辻の横に立ったときにはすでに彼は怒鳴っていた。<br />「おまえ騙しやがったな。幸福になるどころか不幸になったじゃないか。どうしてくれるんだよ」<br />　遙はいたって冷静な態度でサングラスを取ると、ゆっくりとした口調で言った。<br />「幸せになってるわよ。希望通りにね」<br />　辻も俺も、遙の自信満々な態度に一瞬ひるんだ。<br />「心当たりがないだなんて鈍感ね。もう一度よく考えてみることね」<br />　俺は辻と顔を見合わせ、お互いに首を横に振った。<br />「分からないんだったら教えてあげるわ。あなた達がハッピーハウスに泊まった日。二人とも何か重要なイベントがあったんじゃなくて？」<br />　確かにあった。俺は水泳部のレギュラーを決める合宿。辻は料理コンテストの出場選手を決める日だった。<br />「それがどうした。二人とも参加できなくて落とされたんだぞ。不幸な話じゃないか」<br />「これだから素人さんは困るわね。いいわあなた達にでも分かるように説明してあげる。この間、あなたは喫茶店のランチはお得だと言ったわよね」<br />「は、はい。確かにいいました」<br />　急に話を振られた俺は、どぎまぎしながら答えた。<br />「得というのは誰にとって得なの？　もちろんあなたは自分にとって得だと思ってランチを食べているかもしれないけれど、数種類の同じメニューを作るだけで済むから簡単に作れるし材料費も安くなるから店にとっても得なわけよ」<br />「意味がよく理解できないんですけど」<br />　まだ話の意図を理解していない俺たちの様子を見て、遙はイライラした口調になった。<br />「立場を変えて考えなさい。私はあなた達が幸せになるとは一言も言っていないわよ。あなた達がハッピーハウスに泊まって幸せになるのは、あなた達を一日監禁するようにお願いしてきた、依頼者なのよ」<br />　呆気にとられる俺たちに吐き掛けるように続ける。<br />「水泳部のレギュラーや料理コンテスト代表の座を掴んだあなた達のライバルが、幸せになれたということよ。私たちは依頼者にとって邪魔な人間を、指定された日に監禁することでお金をもらう幸せ製造業者なのよ」<br />　怒る気力がなくなったのか、辻はしおれた花のようにうなだれた。あまりに衝撃的な内容で、言葉もないのだろう。仲間だと信じていた人間に陥れられたのだから仕方がない。幸いなことに、もともと水泳に情熱を失いかけていた俺にとっては、あまりショックではなかった。むしろ、自分の実力が認められていたようで、嬉しい気分でもあった。<br />　俺は遙の楽しげな後ろ姿を見送りながら考えた。<br />　依頼者は本当に幸せになれたのだろうか？　俺からレギュラーを奪った奴も、辻の代わりに代表に選ばれた人物も、実力がなければ結局はこの先苦労するだけで、何も幸運など手に入れてていないのではないだろうか。むしろ、努力しなければ幸福にはなれないと身をもって知ることができた俺たちの方が幸せなのではないだろうか。<br />「遙さん。人を騙すような仕事をしているあなたは幸福なんですか？」<br />　叫んだ俺の言葉に反応して振り向いた遙の横顔は、夕日を受けて寂しげに見えた。<br /><br />END
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<item rdf:about="http://horror.1to.org/article/62668679.html">
<title>手紙の中の殺人者</title>
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<description>手紙の中の殺人者廣海 好 男は親指ほどの大きさのガラス瓶を手の平で転がした。白い粉体が砂のようにサラサラとビンの壁を移動した。 固く栓がされたその瓶の粉は、その色とは正反対に、彼の心の奥底に眠る黒い部分が形を変えたものだった。「あいつらは、今頃、何をしているのだろう？」 そう言って男はビンを強く握り締め、目の前にかざし、机の上に立てた。その指は微かに震えているように見えた。「今まではあいつらの思い通りにされていたが、それも今日でおしまいだ」 男は口の端を吊り上げた。 わずかに...</description>
<dc:subject>手紙の中の殺人者</dc:subject>
<dc:creator>廣海好</dc:creator>
<dc:date>2007-10-19T07:23:22+09:00</dc:date>
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手紙の中の殺人者<br />廣海　好<br /><br />　男は親指ほどの大きさのガラス瓶を手の平で転がした。白い粉体が砂のようにサラサラとビンの壁を移動した。<br />　固く栓がされたその瓶の粉は、その色とは正反対に、彼の心の奥底に眠る黒い部分が形を変えたものだった。<br />「あいつらは、今頃、何をしているのだろう？」<br />　そう言って男はビンを強く握り締め、目の前にかざし、机の上に立てた。その指は微かに震えているように見えた。<br />「今まではあいつらの思い通りにされていたが、それも今日でおしまいだ」<br />　男は口の端を吊り上げた。<br />　わずかに開けた窓から入り込む風がカーテンを優しく揺らし、射し込んできた夕日がビンを眩しく光らせた。<br />　男は椅子に深く腰掛けながら、明日行うことを頭の中で何度も何度も繰り返し想像した。「この計画に問題はない。冷静さを失ってはいけない。そうすれば必ずうまくいく」<br />　目を瞑り、自分に言い聞かせるように唱えた。<br />　もう何ヶ月も苦しみ、彼の彼の心の中には、ある決心が形となって生まれていた。<br />「これでやっと、普通の学校生活が送れる。何も悩まなくてすむ」<br />　頬をつたった涙は顎からこぼれ落ち、手の甲で弾け飛んだ。<br />「神様、僕を許してください」<br />　突然の強い風が吹き、カーテンを大きく揺らした。<br /><br /><br />　二時間目の授業中。僕は長谷川先生の声を聞き流しながら、昨日はじめたゲームのことを考えていた。<br />――あのボスキャラを倒すにはもう少しレベルを上げないといけないな。武器ももっと強力なのが欲しい――<br />　僕はゲームの中の主人公が持っている装備をノートに書いた。<br />――あっ、あと魔法の薬があった――<br />　そう思って、鉛筆を握った時、<br />「おい。そこ。何をやってる」<br />　長谷川先生の怒鳴り声が聞こえた。<br />　僕は全身に電気が流れて、ピンと背筋を伸ばした。<br />「授業中に漫画を読むなんて何を考えてるんだ」<br />　長谷川先生が怒ったのは、内藤光司と古崎亮だった。自分のことかと思った僕はほっとした。<br />　彼ら二人は隣同士で座り、週刊の漫画雑誌を読んでいた。中学二年になって半年経つが、見慣れた光景だった。<br />　内藤は、<br />「何を考えてるかって？　何も考えてないよ。俺たちに考える頭なんてないんだって」<br />　そう言って古崎と一緒に笑った。<br />「そんなことじゃ、三年生になっても高校に受からないぞ」<br />「いつもそのセリフだなあ。聞き飽きたよ。もっと他にないの？　面白そうだねえ。その本、僕にも読ませてよ。とかさ」<br />　古崎がにやけた顔で言った。<br />「いいから、それをしまいなさい」<br />　長谷川先生が手を伸ばしたが、<br />「何すんだよ。触るんじゃねえ」<br />　内藤が大声を出した。続けて、<br />「自分の金で買ったんだよ。お前に奪われる筋合いはねえ」<br />　と凄んだ。<br />――何が自分の金だ。どうせクラスのみんなから巻き上げた金で買ったんだろ――<br />　僕は心の中で毒づいた。<br />　長谷川先生は大きく溜息をついて、<br />「もういい、お前らの担任になった俺は不幸だよ」<br />　内藤と古崎は、引き上げていく長谷川先生を爪楊枝のように細く切った眉を一直線にして睨み付けていた。<br /><br />　昼休みになって、トイレに行こうと廊下を歩いていると、後ろから、<br />「津山君。ちょっと」<br />　と話し掛けられた。声で内藤だとすぐに分かった。僕の笑顔は一瞬で消えた。一緒に歩いていた谷も驚いた様子で肩を揺らした。<br />「なあ、津山君。俺たちさあ、今日金ないんだ」<br />「そ、そうなの」<br />「お金がなくて、昼御飯が買えないなんてかわいそうだろ？」<br />「う、うん」<br />「だからさあ、パンとジュース買ってきてくれないかなあ。お金は明日払うから」<br />　内藤は僕の僕の肩に腕を乗せながらそう言った。<br />　ここんとこ毎日だった。僕は毎月のおこずかいのほとんどを内藤の腹を満たすために使っている。明日払うと言って、払ってもらった試しはない。<br />　僕は内藤の顔を見上げながら、<br />「う、うん。いいよ」<br />　小さく言った。<br />　その後、古崎が、<br />「俺の分は谷君買ってきてくれるよな。俺たち友達だもんな」<br />　そう言いながら小柄な谷の肩を強くもんだ。その衝撃で、谷の眼鏡が落ちそうなくらいにずれた。谷は何も言わないで一回だけ首を縦に振った。<br />「俺たちは屋上にいるから、早く持ってこいよ」<br />　それだけ言うと、二人は振り返りもしないで階段を上っていった。<br />「仕方がない。行こうか」<br />　谷を見ると、悔しそうに唇を震わせていた。<br />「なあ、津山君。君は悔しくないの？　あんなに一方的に言われてさあ。これじゃあ、まるで僕らは奴隷じゃない」<br />「まあまあ、そう怒るなって、三月になったらクラス替えだろ。それまでの辛抱だよ。あと半年近くはあるけどさ」<br />「そういう問題じゃない」<br />　谷はそう怒ったような口調で言うと早足で歩いていった。<br /><br />「ちゃんと買ってきたか？」<br />　内藤が屋上で寝そべりながら言った。古崎は壁にもたれ掛かりながら、漫画を読んでいた。日差しが心地よく、風も暖かかった。<br />「メロンパンとジャムパンしかなかったんだけど……」<br />　僕は学校の購買で買ってきたパンとオレンジジュースを差し出しながら言った。<br />「何だって、それだけかよ」と内藤。<br />「うん、売り切れてて」<br />「だとよ、古崎」<br />「まあ、仕方ないんじゃない。ないんだったらさあ」<br />　漫画から視線を離さずに古崎が言った。<br />「それでいいよ。よこせ」<br />　内藤は僕からパンの入った袋を取り上げた。<br />「あれっ、封がしたままじゃん。何で開けといてくれないんだよ。これじゃあ、すぐに食べられないじゃんか。気が利かないなあ」<br />「ごめん」<br />　僕は内藤からもう一度袋を受け取ると、パンの袋を開けてから渡した。<br />「それでいいんだよ。これからは気を付けろよ」<br />「俺はそのままでいいよ。谷の触ったパンなんて気持ち悪くて食べられないから」<br />　谷は目を伏せたまま古崎の座っている横に買ってきたパンとジュースを置くと、そのまま走っていった。<br />「お、おい、谷」と僕。<br />「もういいよ。お前もどっかにいけ」<br />　僕は内藤の言葉で、谷を追いかけるように走った。<br />　階段で谷に追いつくと、<br />「待てよ。どうしたんだよ。何も逃げることはないだろう」<br />　谷は僕の腕を振り払うと、階段を駆け下りた。その時に見た谷の目は、真っ赤に充血し、目元に涙がたまっていた。<br />「谷……」<br />　僕は追いかけることもできないで、その場にしばらく立ちすくんだ。<br /><br />　教室に戻った僕は、机の中から五時間目の授業である国語の教科書を取り出していた。――谷の奴、最近変だなあ。笑顔を見せなくなったし。内藤と古崎に腹を立てているのだろうか。おかしなことでも考えてなければいいけど――<br />　そう考えていると、<br />「あれっ」<br />　机に突っ込んだ手に、何かが当たった。僕はそれを握ると、勢いよく取り出した。<br />「何だ？　この瓶は」<br />　握ったら隠れるほどの小さなガラス瓶だった。中には真っ白な粉が入っている。<br />「誰かのいたずらか？」<br />　さらに、入れた覚えのない紙が、机の中にあるのを見つけた。<br />「ん？　この瓶と何か関係があるのか？」<br />　広げると大学ノートの切れ端にワープロの文字が印刷されていた。<br /><br />『津山君、こんにちは。<br />　突然だけど、君は内藤と古崎のことをどう思う？　決していい感情を抱いていないんじゃあないのかな？　私もそうだよ。あいつらは自分たち以外のクラスメイトを奴隷のように扱う最低の人間だ。少しくらい痛い目に合わせてもいいはずだ。そう思っている。<br />　だから、面白いものを用意したんだ。この手紙と一緒に入っていた瓶はもう見つけただろう。それは下剤だ。しかも、すごく強力なものだ。飲んだらすぐ効果が現れるよ。<br />　君はいつも内藤にパンを買ってきているだろう。その時この粉をパンに塗ってくれないかな。ちょっと塗るだけでいい。そうすれば、午後の授業であいつは、腹を押さえてトイレに行きっ放しだ。<br />　それを見て笑ってやろうよ。あいつの困る顔を見るなんて面白いとは思わないか？　<br />　私は君が必ず実行してくれると信じているよ。罪悪感なんて感じなくていい。あいつはそんな目にあって当然の奴なんだから。<br />　この紙と瓶は、使用後にはすぐに捨ててね。<br />　二年四組の変革者』<br /><br />「二年四組の変革者？」<br />　首を振ってクラス全体を見たが、僕の方を見ている奴はいない。<br />――いったい誰だ？　私って書いてるってことは女子か？　いや、でも男子だってそう書いてもおかしくはない――<br />　僕は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。<br />――この手紙を書いたのが誰であろうと、問題はこの粉を使うか、使わないかだ――<br />　僕は瓶を隠すように握りしめると、ズボンのポケットに捻り込んだ。<br />――確かに内藤は嫌な奴だ。決して好きではない。だけど、だからといってこんな犯罪じみたことをしていいのだろうか？――<br />　授業が始まる直前、内藤がやってきて、<br />「明日もパンとジュース買ってこいよな」<br />　王様が家来に対して言う口調そのものだった。<br />「う、うん」<br />　その時、僕は粉を使う決心をした。<br /><br /><br />　カーテンを閉めきった部屋。月の光も入らない。乾燥した冷たい空気が、部屋の中に閉じこめられていた。<br />　男は机の上のスタンドの明かりだけを点け、自分の心の闇を開放していた。<br />「手紙を読んだのだろうか」<br />　そう呟いて目に力を入れた。男の計画はスターとしていた。その狂気的で、悲しい計画に、気が付く者はまだ誰もいない。<br />「明日の午後が楽しみだ。くっ、くっ、くっ」<br />　押し殺した笑いが、部屋の中を静かに伝わっていった。<br /><br /><br />　次の日の昼になって、僕は昨日と同じようにパンとジュースを買った。<br />「津山君。今日は僕が内藤に渡すよ」<br />　突然、谷が言った。<br />　昨日、古崎に言われた言葉を気にしているのだろう。<br />「えっ、そう。分かった。封だけ切っとくから、ちょっと待ってて」<br />　僕は谷に背を向け、下剤だという白い粉をパンの表面に塗った。<br />――これは単なるゲームだ。ちょっとしたいたずらゲーム。何も悪いことなんてない――<br />　そう心で唱えていた。<br />「どうしたの？　何かしてるの？」<br />　谷が手元を覗いてきたので慌てて、<br />「いや、何でもないよ。ちょっとクリームパンの袋がなかなか切れなかっただけ」<br />　僕は素早く瓶を隠した。<br />「そう。それならいけど」<br />「それより急ごう。遅れるとあいつらに怒鳴られる」<br />　二人で走り出した。廊下は走らないという張り紙が目の隅に映った。<br />　廊下の角を曲がったところで、誰かにぶつかり、バランスを崩した。持っていたパンは床に落下した。<br />「痛たたた」<br />　床に尻を着けながら見上げると、長谷川先生だった。<br />「お前たち大丈夫か？」<br />「ええ、大丈夫です」<br />「廊下は走っちゃだめだろう。人とぶつかって怪我をするぞ」<br />「すいません。ちょっと急いでいたので」<br />「急いでいるからって、走ってはだめだ」<br />　長谷川先生は落ちたパンを丁寧に拾い上げると、<br />「このパンどうしたんだ？　お前たちはいつも弁当だろ？」<br />　谷はそのパンをひったくるようにして奪うとそのまま走っていった。<br />「おい、谷」<br />　長谷川先生の低い叫び声は、むなしく廊下に響いた。<br />「どうしたんだよ。あいつ」<br />「いや、分からないです。僕も急いでますんで」<br />　僕は目を合わさないでそう言うと、谷を追いかけた。<br /><br />「おっ、今日は早いな」<br />　屋上で内藤が言った。<br />「どれどれ」<br />　内藤は谷から受け取った袋を開いた。<br />「へー、おいしそうじゃないか。よし、合格だ」<br />　そう言って、内藤は粉のことには気が付かないで、クリームパンにかぶりついた。<br />　僕はその瞬間、目を逸らした。心のどこかに罪悪感があったのかもしれない。ふと、谷を見ると怯えたように唇を震わせていた。内藤に何か言われるんじゃないかと思ったのだろう。<br />　僕は古崎にパンを渡すとすぐに立ち去った。<br />「なあ、谷。何を言われてもあんまり気にするなよ。あんな奴らの言うことなんて無視したらいい」<br />「うん、そうするよ」<br />　やけに素直な反応だった。その時触れた谷の肩は小刻みに震えていた。<br />「あ、そうだ。風邪薬、分けてくれない？　ちょっと喉が痛くてさ」<br />「それは風邪の引きかけだね。いいよ。持ってるから上げるよ」<br />　いつもの笑顔を取り戻して、谷が言った。<br />「いつもありがとうね」<br />　谷の家は薬局をやっていて、よく風邪を引く僕は、時々薬をもらっていた。自分で買った薬はなかなか効かないが、谷からもらう薬は不思議とすぐに効果があった。<br /><br />　午後の授業は、数学で始まった。担任の長谷川先生の授業だ。締め切った教室は汗をかくほどの気温になっていた。<br />　僕は内藤のことが気になって仕方がなかった。<br />――いつ苦しみはじめるんだろう――<br />　そう思って落ち着きなく、鉛筆をいじった。<br />　授業がはじまって十分が経過して、僕は内藤の方をちらりと見たが、古崎と小声で話している。何も変わった様子はない。<br />――すぐ効果が出るなんて書いて合ったけど、まだなのかな。ひょっとして、本当は下剤じゃなくて、ただの小麦粉かなんかだったのかも――<br />　そう考えたら、肩の力がすーっと抜けた。<br />――僕がだまされただけなら、それはそれでいいや――<br />　僕は強く鉛筆を握ると、黒板に目を向けた。<br />「うぐあ」<br />　悶える声が教室に響いた。僕は頭を殴られたようなショックを受けて声のする方に顔を向けた。やはり、内藤だった。<br />　腹を押さえながら、椅子から滑り落ち、床に顔をぶつけた。<br />――すごい苦しみ方だ。あの下剤はそんなにも強力だったのか――<br />　そう思ってつばを飲み込み、手を口に当てた。<br />「ぐわつ、うぐわっ」<br />　苦しみ続ける内藤。床を転げ回り、体を机や椅子にぶつけた。<br />「おい、内藤どうしたんだ？　しっかりしろ」<br />　長谷川先生が駆け寄って声をかけた。内藤の顔は真っ青で、口の中からカニのような泡が出ていた。<br />「これは、まずいな。先生は内藤を保健室に連れて行くから、他のみんなは自習していてくれ」<br />　長谷川先生は内藤を抱きかかえると、教室を出ていった。<br />　僕は速度を増した心臓の鼓動を押さえるように、胸に手を置きながら二人を見送った。<br />――僕はいったい何を内藤に飲ませてしまったんだ――<br />　内藤のひどい苦しみようは、単なる腹痛ではないようだった。<br />　しばらくすると、救急車のサイレンの音が聞こえ、校門から入ってきた。<br />　白い粉を塗ったパンを食べたせいで、内藤は救急車で運ばれてしまった。<br />――僕は何てことをしてしまったんだ――<br />　足の指先からはじまった震えはすぐに全身に伝わった。<br /><br />　その日の晩、眠れない僕は、ベッドの中で暗い天井を見上げていた。昼間の暖かさは消え去り、冷たい空気が床に溜まっていた。僕は顔の半分を布団に入れた。<br />――あの手紙を書いて、白い粉の入った瓶を僕の机に入れたのはいったい誰なんだろうか。そいつはよっぽど内藤のことを恨んでいるに違いない。<br />　だから、あんな得体の知れない毒まで用意して仕返ししようとしたんだ。まさか、死ぬことはないと思うけど、ひどい毒のようだった――<br />　静寂の夜。耳を流れる血液の音が聞こえてきそうだった。<br />――内藤を恨んでいそうな人物。それが手紙を書いた人物だ。そう考えても特別に誰の顔も浮かばない。クラス全員が、何かしら内藤に危害を受けている。あの手紙は誰が書いてもおかしくない――<br />　僕は寝返りをうって、壁の方に身を寄せた。<br /><br /><br />　遠くから聞こえる踏切の音に男は神経を集中した。これが男の習慣だった。一定のリズムで鳴るこの刺激的な音は、男の体に吸収され、心の闇を増大させた。<br />「第一段階は、成功だ。計画通り、確かに毒は塗られた。そして、あいつは倒れた」<br />　男の見つめる目線の先にはワープロの画面があった。<br />「だけど、安心してはいけない。もう一人残っている。そいつを片付けるまで、心の平和はやってこない」<br />　固い決心、崩れない決心。それが男の全てだった。<br />　男は指先を動かし、画面に文字を並べていった。薄暗い部屋の中で、画面から出る光が男の顔を青白く照らしていた。<br /><br /><br />　朝、教室に着いた僕は内藤の姿を探した。しかし、見当たらなかった。<br />――まだ具合が悪くてこれないだけだ――<br />　僕はそう考えた。<br />　内藤がこないまま、朝のホームルームがはじまった。<br />　長谷川先生は、挨拶をすませると、<br />「内藤のことなんだけど、教室で倒れたのは見ていたね。あの後近くの病院に運んで診察してもらったんだけど……」<br />　そこで言葉を切った。<br />――何だ。内藤はどうなったって言うんだ？　まさか……――<br />　僕の頭の中には最悪の考えがよぎった。<br />「助からなかったんだ。かなり強い毒を飲んだらしい」<br />　そう言って長谷川先生は、うなだれたまましばらく何も言わなかった。<br />――内藤が死んだ？　うそだろ――<br />　クラスの連中は、平然とした様子だった。誰も悲しむ仕草を見せない。<br />　僕は呼吸が早まり、隣の人に聞こえるんじゃないかというほどひどく体を震わせた。<br />――何てことだ。あの白い粉は猛毒だったんだ。僕が内藤を殺した。彼の命を奪ってしまったんだ――<br />　今頃後悔してももう遅い。もう取り返しがつかないのだ。失われた命はもう戻ってはこない。<br />「通夜は明日行われるそうだ」<br />　その長谷川先生の言葉が、いつまでも耳にこだました。<br /><br />　昼休み、僕は何も口にしないまま、屋上で寝転がっていた。<br />――内藤が死んでしまうなんて、しかも、僕のせいで――　<br />　今まで死なんてことは意識したことがなかった僕は急に死という名前の重りが心にぶら下がって、このままどこまでも落下していきそうだった。<br />――僕はこれからどうしたらいいんだろう。先生にちゃんと自分のやったことを話した方がいいのだろうか。いや、そんなことをしたら警察に連れて行かれる。僕が殺人を犯したなんて両親が知ったら、気が狂ってしまうかもしれない――<br />　そう考えて目を閉じた時、声が聞こえた。<br />「津山君、こんな所にいたんだ」<br />　谷だった。<br />「ちょっと、考え事」<br />「そう、教室はすごいことになっていたよ。内藤が死んだ話で」<br />「みんな何て言ってた？」<br />「はっきりと言う子はいないけど、こそこそと、あんな奴死んで当然だとか、いなくなってほっとしたとか、そんなことを言っていたよ。当然の反応だと思うけど」<br />「そう」<br />　僕は寝転がり、空を見つめながら言った。<br />「どうしたんだよ。あんまりうれしそうじゃないね」<br />「うれしい？　うれしいわけないだろ。同じクラスだった子が死んだんだぞ。喜んでなんかいられるか」<br />　谷は僕の強い口調に驚いた様子だったが、<br />「僕はうれしいよ」<br />　そう呟いた。<br />「だってそうだろ、あいつがいなくなったら、何も命令されなくてすむ。何も恐れずに学校に来ることができるんだよ。やっとみんながやっているような普通の学校生活が送れるんだ。津山君も本当はうれしいんだろ？」<br />「僕はうれしくなんかない。どんな理由があるにせよ。人が死んでうれしいなんて思えないよ。内藤だって、小学校の頃はあんな風じゃなかった。覚えてる？　国語の時間、内藤が当てられて教科書を読むと、いつも漢字につまってなかなか進まなかった。それをみんなで笑っていたじゃないか。それって、本人にしたらすごく辛かったんじゃないかな。僕たちもいじめていたんだよ、内藤のことを……」<br />「君が言うことも正しいのかもしれないけど、仕方がないじゃないか。使いっ走りを毎日させられたり、金をカツアゲされたりしてりゃ、だれだって嫌いにもなるよ」<br />「何か方法があったんじゃないかなあ。内藤と古崎がクラスに溶け込む方法がさあ。それを考えないで、ただあいつは悪い奴だったと言うのはよくないと思うんだ」<br />　できるかぎりの優しい口調で言った。<br />「そんなことを言うなんて、君は偽善者だね。素直にあいつがいなくなってうれしいと言えばいいのに」<br />　そう言い残して、谷はいなくなった。<br />――偽善者か、本当にそうかもしれない。内藤を殺した犯人が僕だというのに、谷にはそれを言わないで、死んで悲しいなどと言ってしまうなんて――<br />　目に映った空の隅に、濃い灰色をした雨雲が少しずつ広がっていた。<br />――今夜は雨か――<br />　僕はこれからどうしたらいいのか、何の結論も得られないまま教室に戻った。<br /><br />　教室に戻った僕は次の授業である英語の教科書を取りだそうと、机に手を入れた。その瞬間、僕はギリシャ彫刻のような表情を浮かべて固まった。<br />――まさか、また――<br />　指先に小さな瓶が当たった。僕は汗の噴き出した指先でそれを掴むと、誰にも見られないようにしてそれを確認した。<br />　透明な瓶に赤い液体が入っていた。母の使っているマニキュアの瓶のように見えた。<br />――今度はどうしろって言うんだ？――<br />　僕は手紙を探した。すると、机の奧の教科書に挟まっていた。取り出すと、そこには前回と同じようにワープロの文字が印刷されていた。<br /><br />『昨日はご苦労様。うまくやってくれたね。<br />　期待通りの働きをしてくれた君には感謝している。でも、もう一つ頼みたいことがあるんだ。<br />　気が付いていると思うけど、赤い液体の入った瓶があっただろ？　それを使ってほしいんだ。使い方は簡単。子猫を捕まえて、その爪にそれを塗るんだ。そして、その子猫を古崎の帰り道、家の近くがいい、に置いておくんだ。<br />　あいつは、最近猫を飼いたいと思ってるらしいから、持って帰るだろう。その後のことは想像に任せるよ。<br />　もし、これで失敗しても、別な方法を考えてあるから、また君に頼む。今回のことは気軽にやってみてくれ。<br />　断るとは言わせないよ。もし、やらなかったら君がやったことをすべて警察に言う。そんなことになったら君の人生はおしまいだよ。健闘を祈る。<br />　二年四組の改革者』<br /><br />――二年四組の改革者。またこいつか――<br />　手紙を読み終わると、誰にも見られないようにすぐにたたんだ。<br />――どうしよう。おそらくこの液体は猛毒だろう。こんなものが塗られた猫に引っかかれでもしたら、毒が全身に回ってしまう。そうなったら、内藤と同じように、古崎まで死んでしまう。だけど、これをやらないと自分が警察に掴まってしまう――<br />　僕は授業が始まった後も悩み続けた。<br /><br />　授業が終わり、いそいで帰り支度をしていると、<br />「津山君、さっきはごめん。偽善者だなんて、ひどいことを言ってしまって」<br />　谷だった。<br />「いいよ。別に気にしてないから」<br />「そう、それならいいんだ。すぐ帰るんだったら一緒に帰ろうよ」<br />「今日は用事があるんだ。ごめんね」<br />　そう言って、僕は教室から走って飛び出した。<br />　外に出ると、秋風が胸元に飛び込んできて、身を震わせた。<br />　僕は走りながら、自分の弱さを呪っていた。<br />――古崎まで殺そうと考えてしまうなんて、僕は何て醜い人間なんだ――<br />　瓶を握る右手に力を入れた。<br />　僕は堤防の橋の下に猫の親子がいるのを知っていた。そこの子猫を使おうと考えていたのだ。<br />　堤防には強い風が吹き、自転車のスピードはなかなか上がらなかった。僕は橋の上まで来ると自転車を投げ捨てるように置いて、坂を駆け下りた。<br />「確か、この辺にいたはずなんだけど」<br />　しばらく草むらを注意深く探すと、子猫を見つけた。茶色い毛をした、目の大きな猫だった。親の猫はいなかった。<br />　僕はその猫を抱きかかえて、坂を上り、自転車の前籠に入れた。<br />　この時の僕は僕は自分が助かりたい一心だった。どんなことをしてでも、警察に捕まりたくない。そう思っていた。<br />――古崎はいつもゲームセンターに寄ってから帰る。まだ帰っていないはずだ――<br />　僕は古崎の家へと急いだ。途中のゴミ箱で、手頃な大きさの段ボールを拾った。家の近くまでくると、段ボールを置き、その中に子猫を入れた。<br />　僕は「おとなしくしてね」と語りかけながら手袋をはめ、猫の爪に赤い液体を塗りつけた。嫌がる猫を動かすのは苦労したが、なんとか全ての指を真っ赤にした。<br />「お母さんと引き離してしまってごめんね。でも、こうするしかないんだ。あとで、きっとお母さんの元に返してあげるから、我慢してね」<br />　そう言って、子猫の頭をなでた。<br />――警察なんかに捕まったら、この子猫のように、両親と引き裂かれ、孤独に生活しなくてはいけなくなってしまう。それだけはいやだ――<br />　僕はその場から逃げるように立ち去った。<br />　振り返ると、子猫が優しい声で鳴いていた。<br /><br /><br />　夜になって降り出した雨は、ますます激しさを増していた。屋根を叩く雨音が、部屋の中で小さくこだましている。<br />　街は雨によりその生気も流されて行く。それは自然とは逆であった。<br />　男は今、一枚の紙と対峙していた。男の体の中では、憎しみの渦が、水かさの増した川の流れのように駆けめぐり、雨や風の音とあいまって異様な狂騒に包まれた。<br />「二度目の手紙。これも計画通りに実行された」<br />　片方の頬を吊り上げ、男は鉛筆を指先で一回転させた。<br />「これで終わりであって欲しい、次の計画を実行する前に」<br />　男は周りの空気を振り払うようにして立ち上がった。<br />「もし明日、あいつがこなかったら、完了だ。もう何も恐れることはない。そして仕上げに移る」<br />　握った鉛筆が鈍い音を立てて折れた。<br />　周囲の喧騒を吸い込んで、雨音が絶え間なく鳴り続けていた。<br />　<br /><br />　次の日、夜の雨が嘘のように、晴れわたっていた。<br />　いつもより早く学校に着いた僕は、古崎の席をじっと見ていた。<br />――あいつが、学校を休んだことはない。もしこなかったら内藤と同じように……――<br />　古崎は登校時刻を過ぎても現れなかった。<br />「内藤が死んで、かなりショックを受けていたみたいだけど、昨日はちゃんと眠れた？」<br />　谷が話し掛けてきた。<br />「いや、あんまり」<br />　と言って、大きくあくびをした。<br />「津山君の優しさがうらやましいよ」<br />「えっ？」<br />「昨日一晩考えてたんだけど、やっぱり内藤が死んで、悲しくないんだ。よかった。楽になる。そんな感情が自然に湧いてくるだけなんだ。僕ってひどい人間なんだろうか？」<br />「谷……」<br />　僕は何も言えず、谷の小さな瞳を見つめた。<br />「おはよう」<br />　長谷川先生が入ってきた。谷は急いで自分の席に戻った。<br />「最初にみんなに言っておかなくてはいけないことがある」<br />　長谷川先生は真剣な表情で、うつむいた。<br />「古崎が昨日亡くなった」<br />　一瞬にして教室がざわついた。<br />　僕もみんなに会わせて驚いたふりをした。<br />「みんな、静かにしてくれ。大事な話なんだ」<br />　生徒たちはぴたりと話すのをやめた。<br />「古崎は持って帰った猫に引っかかれて、その爪に塗られていた毒で死んだという話だ。今の世の中、どんな悪質ないたずらをする人間がいるか分からない。みんなは変な物を拾って持って帰ったりしないように」<br />　そう言うと、何もなかったかのようにホームルームをはじめた。<br /><br />　学校の帰り道、僕は谷と二人で自転車を引きながら帰った。<br />「古崎まで死んでしまうなんて、偶然とは思えないよね。まるで誰かに二人が狙われて殺されたみたいだとは思わない？」<br />　僕はその言葉で全身に電気が走ったが、それを悟られないようにわざとゆっくりとした口調で言った。<br />「内藤は買ったパンに、古崎はたまたま拾ってきた猫の爪に毒が塗ってあったんだよ。二人を狙ったとは考えられない。僕は長谷川先生が言ってたみたいに誰かの悪質ないたずらだと思う。<br />　人が死ぬような毒なんてそう簡単には手に入らないだろうから、偶然毒を手に入れた人間がおもしろ半分でやってる無差別殺人だよ。きっと、警察がすぐに犯人を捕まえてくれるよ」<br />　自分で、警察、と言って、どきりとした。<br />――警察はもう捜査をはじめたのだろうか。猫を置いたところを誰かに見られていたらどうしよう。あの時は何度も周りを確認した。しかし、誰にも見られなかったという確信はない――<br />「どうしたの？　神妙な顔をして」<br />「いや、何でもないよ。それより、最近買ったゲームなんだけどさあ。それが面白くて、面白くて」<br />　僕は強引に話をゲームに持っていった。しかし、内藤が死んでからはゲームなどしていなかった。<br />――あの手紙を書いた犯人は、僕が人を殺していくのをゲームのように楽しんでいたのだろうか――<br />　沈みかけの夕日の光は弱々しく、僕の心の暗い部分を照らしてはくれなかった。<br /><br />　部屋に着いた僕は、ベッドに倒れ込んだ。<br />――僕は何てことをしてしまったんだ。二人も人を殺してしまうなんて――<br />　涙が溢れ出てきた。<br />――このまま黙っていたら、あいつらを殺したのが僕だということはばれないですむのだろうか――<br />　僕は警察は髪の毛一本からでも犯人を特定するという、あるテレビ番組のシーンを思い出した。<br />――猫を置いた時、一緒に自分の髪の毛も落としていたらどうしよう――<br />　一人になった途端に細かい不安が大きく膨らんできた。<br />　僕は引き出しから、しまってあった瓶を取り出した。白い粉が入っている。手紙には捨てろと書いてあったが、取っておいたのだ。<br />「これを飲んだら死ぬことができる」<br />　この時僕は一瞬だが、この毒を飲んで死のう、そう考えた。心の弱っていた僕は、内藤と古崎を殺した罪は死んで償うしかない、そう思ったのだ。しかし、僕にはやり残したことがあった。<br />――あの手紙を送りつけてきた犯人、手紙の中の殺人者を見つけるまでは、死ぬわけにはいかない――<br />　自分にこんなことをさせた犯人を見つけるまでは、自殺するのは止めようと思い、ぎゅっと唇を噛んだ。<br />――事件のことをもう一度ゆっくり考えたら、何か思いつくかもしれない――<br />　そう思った僕は、腕を組みながら目を瞑った。<br />――最初の手紙、あれには内藤に渡すパンにこの粉を塗れと書いてあった。あの時、粉さえ塗らなければこんなことにはならなかったのに、粉を塗る、まてよ――<br />　僕はぱっと目を開き、壁の一点を見つめた。<br />――あの手紙を書いた人物は、どうして僕がパンに粉を塗れると分かったんだろう。僕が内藤たちにパンを買っていることを知っている人はいるかもしれない。弁当を持ってきている僕が購買でパンを買っていたら、勘のいい奴だったら気が付く。<br />　しかしだ、パンに粉を塗るとなればどうだろう。普通に考えたら、パンは袋に入ったまま内藤に渡され、彼が自分で封を開けるから、粉なんて塗る暇はない。だから、パンにこの粉を塗れ、なんて書くわけがない。<br />　あの手紙を書いた人物は、僕が内藤にパンを渡す時、封を切って手渡ししていることを知っている人物だ――<br />　僕の全身から冷たい汗が噴き出した。<br />「ま、まさか。うそだろ」<br />　僕が思い描いた犯人。それは、谷だった。<br />――あいつが犯人なら全てのつじつまが合う。内藤へのパンの渡し方を知っているし、古崎が猫を飼いたいと言っていたのも聞いているはずだ。<br />　それに、僕と谷が仲がいいのはクラスのみんなが知っていることだから、あいつが僕の机に手紙や瓶を入れていても誰も気にしないだろう。<br />　薬にしても、彼の家は薬局だ。人を殺すような毒を手に入れることが出来てもおかしくない――<br />　そこまで考えて、家を飛び出した。<br />「谷、お前が犯人だったのか？」<br />　一番信じていた人間を疑わなくてはいけない。小さく絞めつけられた胸がはじけそうで痛かった。<br /><br />　僕はありったけの力を込めて自転車をこいだ。太ももがつりそうなくらいに張ってくる。<br />「あっ」<br />　僕は谷の家に向かう途中で、彼を見つけた。<br />「おい、谷」<br />　僕は腕を掴みながらそう怒鳴った。谷は一度、大きく体を震わせてから、<br />「ああ、津山か」<br />「この手紙、お前が書いたのか？」<br />　そう言って僕は、二枚の手紙を広げて、谷の顔に近づけた。<br />「そ、その手紙」<br />　何か知っていそうな表情だった。<br />「やっぱり、お前か」<br />「違うよ。僕が書いたんじゃない。これを見てくれ」<br />　そう言って谷はポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出した。<br />「これが机の中に入っていたんだ。君の持ってるのと同じものだよ」<br />　見ると、僕が持っている手紙と同じ文字が印刷されていた。<br />「僕たち二人に同じ内容の手紙が送られていたなんて、もしかして谷、お前も内藤のパンに粉を塗ったのか？」<br />　一瞬、ためらうように唇を動かして、<br />「うん、実はそうなんだ」<br />　谷が、今日は僕が内藤にパンを渡すよ、と言った時のことを思い出した。<br />「あの日、お前が内藤にパンを渡したいと言ったのは、粉を塗るためだったのか」<br />「そう。あの時は気がつかなかったけど、君も塗ってたんだね。二人で同じことをしていたなんておかしいね」<br />「ほんとにそうだ」<br />　小さく言った。<br />「ほんのいたずらのつもりだったんだ。それなのに、あれが猛毒だったなんて」<br />　谷は目を一瞬広げて、<br />「津山君、今その粉が入った瓶持ってる？」<br />「ああ、あるよ」<br />　僕の温もりで暖かくなった瓶を谷に見せた。谷は、<br />「ちょっと貸して」<br />　と言って、その瓶の蓋を開け、粉を指に付け、その指をくわえた。一瞬の出来事だった。<br />「お、おい。何をするんだ。死ぬ気か」<br />　焦った僕は谷から瓶を奪おうと手を伸ばした。しかし、谷は平然としていた。<br />「やっぱりそうだ。これは毒なんかじゃない。ただの小麦粉だ」<br />「えっ、小麦粉だって？」<br />「舐めてみて」<br />　僕は眉間にしわを寄せながら、瓶の粉を少量だけ人差し指に付けると、恐る恐る口に入れた。<br />「ん？　味がない」<br />　粉っぽい感覚だけだった。<br />「僕は今日、古崎が死んだのを知って、自分がしたことの重大さに初めて気が付いたんだ。だから、もう死んでお詫びするしかない、そう思って僕の机に入っていたその粉を舐めたんだけど、ぜんぜん死ねない。それでも、どうしても死にたくて、猫の爪に塗った赤い液体も舐めたんだ。だけど、やっぱり死ねなかった」<br />「それはどういうこと？」<br />「つまり、僕たちは殺人なんて犯してないってことだよ。内藤も古崎も誰か別な人間に殺されたんだ。僕たちにこんなことをさせた、この手紙を書いた人物によってね」<br />　谷にしては珍しく、情熱的な口調で話した。<br />「でも、自分で殺すのなら、どうしてわざわざ僕たちに手紙を書いてまで、こんなことをさせたんだ？」<br />「きっと犯人役が欲しかったんだよ。この先、警察の捜査が進めば、間違いなく学校の生徒たちも尋問される。そうなった時、自分がやりましたと名乗り出てくれる人物。それが僕たちだ」<br />「真犯人は自分が疑われてもやってないと言い続ける。そうしている間に、僕たちのどちらかが自供して、犯人として逮捕される。そういう筋書きなんだな」<br />「そう。犯人は二人に手紙を出せば、どちらかが実行してくれるだろうと考えていたんだ。もし二人とも実行しなかったら、毒を塗るのを止めればいい。犯人はどこかで僕たちのことを監視していたんだよ」<br />「なるほどね。僕たちがやらなかったら、今度は別な生徒に手紙を出し、違う方法で殺そうと計画していたんだろう。だとすると犯人は誰なんだ？　かなり彼らを恨んでいた人物だと思うけど」<br />「僕は長谷川先生が怪しいと思っている」<br />「えっ、長谷川先生が？」<br />　谷の意外な発言に、声が裏返った。<br />「思い出してごらん。内藤に粉を付けたパンを渡した日、僕たちは先生にぶつかってパンを落としただろ？　あの時、先生は優しく拾ってくれた」<br />「その時に毒を付けたって言うのか？」<br />「ああ、可能性としては考えられる。先生は彼らにいつも授業をじゃまされていたから、腹が立っていたんだろう。だから、殺してしまおうと考えたんだ」<br />「まさか、先生がそんな理由で二人の生徒を殺すのか？」<br />「他にも何か僕らの知らない動機があったのかもしれない。僕は今から学校へ行ってそのことを訊こうと思っている。津山君も来ないか？　この時間なら、まだ先生はいるはずだよ」<br />　僕は無言で頷き、谷に付いて自転車を走らせた。<br /><br />　学校に着くと、校庭で長谷川先生を見つけた。顧問のハンドボール部の練習が終わったところらしく、上下紺のジャージを着て、片手にストップウォッチを持っていた。<br />「長谷川先生、ちょっと待ってください」<br />　僕は呼吸を荒げて言った。話した途端に汗が頬をつたった。<br />　長谷川先生は僕と谷を交互に見ながら言った。<br />「どうしたんだ、お前たち。帰ったんじゃなかったのか？」<br />「ええ、そうなんですが、訊きたいことがありまして」<br />「そういうことか。それで何なんだ。その訊きたいことってのは」<br />「えーっと、それは...」<br />　僕が言い出しにくそうにしていると、しびれを切らせた谷が横から、<br />「先生が、内藤と古崎を殺したんですか？」<br />　単刀直入に切り出した。<br />　長谷川先生は急に笑顔になって、<br />「な、何をいきなり言い出すんだ。そんなわけないだろ。先生は人を殺したりなんかしないよ」<br />「でも、先生はあの二人にいつも授業をじゃまされて嫌いだったんじゃないんですか？」　　　　<br />　谷が言った。長谷川先生も谷の真剣な言葉に顔を引き締めた。<br />「おいおい、待てよ。あいつらのことは嫌いじゃなかったよ」<br />　谷は構わず続けた。<br />「テレビのニュースなどを見ると、最近はどこの中学校でも素行の悪い生徒が増えてますよね。それなのに、親たちは子供に何かあれば、決まって学校が悪いだの先生の教育の仕方が悪いだの言い出すじゃないですか。それに腹を立てていたんじゃないんですか？　それは子供を育てた親たちの責任だろうって」<br />　先生は黙ったままだった。<br />「僕は見ましたよ。先生が近所のスーパーで内藤の母に、うちの子はいったいどうなっているんですか、とか、長谷川先生のクラスになってからおかしくなったとか言われて謝っているのを」<br />「谷が言うように内藤の母親にいろいろ言われたのは確かだよ。だけどな、それで殺そうだとか思うわけないさ」<br />　僕は小さくうなずいた。<br />「彼らが亡くなったのは偶然の事故だったんだって警察も言っているだろ？　お前たちがあれこれ考える必要ないんだ。早く帰って勉強でもしなさい」<br />　僕もだんだん長谷川先生が犯人ではないような気がしてきていた。<br />　それでも、谷は勢いよく声を上げた。<br />「これを見てください」<br />「何だその紙切れは？」<br />　長谷川先生は受け取った紙を広げて、目を通した。<br />　赤い夕日の光が、校庭に僕たちの長い影を描いている。<br />　先生は瞬きするのも忘れて、一気に最後まで読んだ。<br />「この手紙……。お前まさかここに書いてある粉を使ったんじゃないだろうな？」<br />「使いましたよ。剛にも同じ手紙が来ていて、同じように使ったそうです」<br />「じゃあ、内藤や古崎が死んだのは......」<br />「違いますよ、とぼけないでください。僕らが塗ったのは毒ではなくて、ただの小麦粉でした。内藤が死んだのは、この手紙を書いた人物が塗った別の毒だったんですよ」<br />「ははあん。その手紙を書いて、内藤や古崎に毒を盛ったのが先生だというんだな」<br />「そうです。古崎の場合は誰でもできるけど、内藤の時は、毒を塗れる人間が限られていた。僕と剛と先生です」<br />「何で、先生が入るんだ？」<br />「あの日の昼、廊下で僕たちにぶつかったじゃないですか。その時、パンに毒を塗ったんですよ」<br />　谷は自信たっぷりといった様子で口をとがらせた。<br />「じゃあ、訊くが、谷が言うように、お前たちと廊下でぶつかった時に毒を塗ったとすると、どうやって先生はお前たちが通る道が分かったんだ？　どのルートで屋上に行くかなんて分かりっこないだろう。<br />　あそこを歩いていて、お前たちが別なルートで屋上に向かっていたら、先生は毒を塗れないことになる。そんな計画的な手紙を書いた人物が、そんな雑な犯行はしないと思う。別の人間だよ。<br />　それに、昨日だって授業後に職員会議があって、とても猫に毒を塗りに行ってる暇なんてなかったよ」<br />　谷は急に黙ってしまった。<br />――先生も犯人ではなさそうだ。だとすると、犯人とはいったい誰なんだ？　あの時、パンに毒を付けることができた人物が他にもいたのだろうか？――<br />「もう気が済んだか？」<br />「は、はい。疑ったりしてすいませんでした」<br />　謝りながらおじぎをした時、腹に強烈な痛みが走った。その痛みはすぐに胸にまで上がってきた。<br />「う、うぐ」<br />　そのまま両手を地面についた。<br />「どうした津山。大丈夫か？」<br />　長谷川先生が僕の肩を抱きながら言った。<br />「お、お腹が……」<br />　暑くもないのに額から汗が流れ落ちてきた。呼吸も荒くなっている。<br />「まずいな。先生は救急車を呼びに行ってくる。谷、見ててやってくれ」<br />「はい」<br />　長谷川先生はストップウォッチを投げ捨て、職員室に向かって走っていった。<br />「た、谷。もしかして、この痛みってさっき舐めた粉のせいかな？」<br />「そうだね。きっと」<br />　感情のない顔で、冷たく言った。<br />「お、お前も舐めたよね？　大丈夫か？」<br />「大丈夫だよ。僕は舐めていないから」<br />　その言葉で一瞬、時が止まった。<br />「ちょ、ちょっと待て、どういうことだ？　僕は舐めたところを見たよ」<br />「違う。中指に粉を付けて、人差し指を舐めたのさ」<br />「どうしてそんなことを……。ま、まさか、お前が犯人なのか？」<br />「そうだよ。君に手紙を書いたのは僕だ」<br />　そう言って、谷は意地悪そうに笑った。<br />　僕は足元で爆弾が爆発したような衝撃を受けた。<br />「どうして二人を殺した？」<br />「勘違いするな。殺したのは僕じゃあない、君だ。手紙に書いた通りのことをしたのは君だろう？　僕は何もしちゃいない」<br />「やっぱり、ぼ、僕が二人を殺してしまったのか。何てことだ」<br />　傷みがいっそう酷くなった。<br />「どうだ？　人を殺した感想は？」<br />「感想だって？　ふざけるな。死ぬなんて思わなかったんだよ」<br />「そうか。でも、古崎の時は死ぬって分かっていたんじゃないのか？」<br />「そ、それは……」<br />「それでも手紙の通りにしたのは、誰かが死んでも自分が助かりたい、そう思ったからじゃあないのか？」<br />「……」<br />「正直に言ったらどうだい。僕は自分の意志で人を殺しましたってな」<br />「ああ、た、確かにそうかもしれない。なら、お前は何で僕を殺そうとする？」<br />「はははは、何で殺すかだって？　そんなの、お前が気に入らないからに決まっているだろ。内藤や古崎に何をされてもへらへら笑って、我慢したらいいじゃないか、だって？　ふざけるなよ。我慢なんてできるわけないだろ」<br />　そう言うと僕の腹を殴った。<br />「がふっ」<br />　血の混じった唾が吹き飛んだ。<br />「強いものにこびてるお前を見てると、いらいらするんだよ」<br />「こびていたわけじゃない」<br />　僕は喉がすり切れるような声で話した。<br />「内藤と古崎に対する償いだったんだ」<br />「どういう意味だ？」<br />「僕は小学生の頃、彼らをいじめていたんだ。背が低くて、ひ弱で勉強もできなかった彼らをばかにして、田んぼに突き落としたり、虫を食べさせたりしていたんだ」<br />「……」<br />「だから、中学になって彼らに何をされようが、何を言われようが我慢するしかないと思っていたんだ。これは昔やったことの償いなんだって……。ごめん」<br />「……」<br />「そのことを話さなくて、ご、ごめん」<br />「いきなり何を言い出すんだよ。い、今更そんなことを言ったって遅いんだからな」<br />　谷の震えが僕にも伝わってきた。<br />「ああ、分かっているよ。どうせ犯人を見つけたら自殺しようと思っていたんだ。死ぬのは怖くない」<br />　そう言って僕は咳き込んだ。そのあと続けた。<br />「お前は、内藤と古崎が、お、思い通りに死んでうれしいと言っていたけど、い、今でもそう思ってるのか？」<br />　谷はたどたどしく話す僕を励ますように、何度もうなずきながら聞いていた。<br />　肌を切り裂くような冷たい風が、僕と谷の間を吹き抜けた。ふと移した視線の先、校庭の隅で、土埃が舞い上がるのが見えた。<br />「思ってるよ。これで楽しく学校に通えるって」<br />「本当にそうなのか？　内藤が死んで二日、古崎が死んで一日だけどあいつらがいなくなって学校が楽しくなったか？」<br />「……」<br />　谷は黙って、小さく顎を縦に振った。<br />　夕日の当たった彼の横顔は、寂しそうな顔に見えた。<br />「そうか、楽しいのか……」<br />　僕の頬には線が残りそうな濃い涙が流れた。<br />「最後にお願いがある」<br />「何？」<br />「お前の計画だと、俺を、は、犯人にしようとしてるんだろうが、それだと、僕の家族に、め、迷惑がかかってしまう。だ、だから、俺も偶然拾った毒で、し、死んだことにしてくれないか？」<br />「あの手紙はどうするんだよ。先生に見られてしまったんだぞ。お前が書いたことにしなかったら誰が書いたって言えばいいんだ？」<br />「ぼ、僕が、先生をおどかそうと、二人が死んだあとに悪戯で書いたと言ってくれ。た、頼む」<br />　僕は谷の腕を残った力全てを使って、握りしめた。<br />　谷は何度も目線を移動させたあと、俺と目を合わせないで言った。<br />「分かったよ。じゃあ、これを飲め」<br />　そう言って赤い粉の入った小瓶を取りだし、慣れた手つきで蓋を開けると、僕の喉に流し込んだ。<br />　その途端、口いっぱいに苦みが広がり、気も遠くなっていった。<br />――こ、これが死ぬ苦しさか……――<br />　気を失う瞬間、遠くで救急車のサイレンが聞こえた。<br /><br />　目の前にかかっていた靄がすーっとはれて、光が射し込んできた。<br />　その光が目の中に溜まっていく。<br />「剛、剛……」<br />　呼びかける声が聞こえた。柔らかで優しい声だった。<br />「あ、あれっ。ここはどこ？」<br />　霞んだ目を擦りながら、間抜けな声を上げた。<br />「病院よ、剛。お、お母さん。どうしてここに？」<br />「担任の長谷川先生に呼ばれたのよ。お前が救急車で運ばれたから病院まですぐ来てくれって」<br />――僕は助かったのか……――<br />　ほっとして大きく息を吸い込んだ。<br />「医者の先生は、胃炎だって言ってたわよ。どうせ、変な物でも食べたんでしょ」<br />「う、うん」<br />――変な物と言われればそうかもしれない――<br />　僕は首をぐるりと回した。<br />「谷はここに来てないの？」<br />　笑顔だった母の顔が一瞬にして曇った。<br />「どうしたの？」<br />「谷は？」<br />「あんたのクラスの内藤君と古崎君が亡くなってしょ？　あれはあの子が犯人だったんだって、それで警察に連れて行かれたわ」<br />「警察に？」<br />　僕はベッドで飛び起きた。<br />「自分で警察に電話したそうよ。あの優しそうな子が殺人だなんて、分からないものよね」<br />――あいつが自首して、僕は助かったのか――<br />「谷の奴、何か言ってなかった？」<br />「ああ、そうそう。これを渡してくれって」<br />　僕は母から一通の封筒を受け取った。<br />「先生に目を覚ましたことを言ってくるからちょっと待っててね」<br />　母の言葉を聞きながら、開封して、手紙を取り出した。<br /><br />『津山君、こんにちは。さっきはごめん。<br />　君に最後に飲ませたのは解毒剤だ。<br />　本当は使う予定はなかったんだけど、君を死なせるわけにはいかなかった。<br />　僕はこれから自分の罪を償うつもりだ。<br />　もし、いつか君に会うことがあったら、また友達になりたいよ。<br />　でも、それは贅沢かな……。<br />　最後に、やっぱり君は正しかったよ。誰だろうと、人が死んで楽しいはずがない。<br />　さようなら。』<br /><br />　僕はその手紙を何度も読み返した。<br />　腕に繋がった点滴は、一定のリズムで僕の中に染み込んでいった。<br />――贅沢なもんか。また君と一緒に笑える日が来るのを僕は待ってるよ――<br />　廊下で足音が聞こえた。母が戻ってきたらしい。<br />　僕は手紙をしまうと、また布団に潜り込んだ。<br /><br />END
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<item rdf:about="http://horror.1to.org/article/62668678.html">
<title>死ぬまでそばにいて</title>
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<description> 武史と範子が知り合ったのは、大学のテニスサークルだった。入学当初から、範子はひどい不眠症で悩んでいた。受験勉強の疲れと新生活のストレスが影響しているらしかった。同じように不眠症の経験がある武史は、すこしでも範子を楽にしてやろうと、相談相手になってあげた。 二人は毎日、大学の講義が終わるとファミレスで待ち合わせをして暗くなるまで話をした。自分の気持ちの深い部分まで話すようになるに連れて、範子は、武史のことを単なる相談相手ではなく、恋愛感情を抱くようになっていった。 武史はコー...</description>
<dc:subject>死ぬまでそばにいて</dc:subject>
<dc:creator>廣海好</dc:creator>
<dc:date>2007-10-18T06:23:22+09:00</dc:date>
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 武史と範子が知り合ったのは、大学のテニスサークルだった。入学当初から、範子はひどい不眠症で悩んでいた。受験勉強の疲れと新生活のストレスが影響しているらしかった。同じように不眠症の経験がある武史は、すこしでも範子を楽にしてやろうと、相談相手になってあげた。<br />　二人は毎日、大学の講義が終わるとファミレスで待ち合わせをして暗くなるまで話をした。自分の気持ちの深い部分まで話すようになるに連れて、範子は、武史のことを単なる相談相手ではなく、恋愛感情を抱くようになっていった。<br />　武史はコーヒーをかき混ぜる手を止めた。窓の外に目を向けると、コートの襟を立てうつむきながら歩く男の足元を、枯れ葉が踊りながら転がっていた。<br />「最近は以前よりは寝れるようになったんだよね。昨日は？」<br />「三時間くらいかな？　でも、眠りが浅いから夢ばかり見るの」<br />「いいじゃん。夢だと現実では味わえないようなスリリングなことが、あたかも現実のように感じられるだろ。夢の中で死んだってすぐ生きかえるんだから」<br />　武士は頬を緩ませ、コーヒーに口をつけた。<br />「楽しい経験が毎日できて羨ましいよ」<br />　範子は決心したように、下唇を強く噛むと、背筋をのばした。<br />「武史の凍りついた道路をとかす朝日のような暖かな言葉、いつも私を励ましてくれたわ」<br />「何だよ急に、真面目な顔して」<br />　窓のすぐ前を、カップルが腕を組んで笑顔で歩いている。<br />「そばにいて欲しいの」<br />　舌足らずな範子のセリフが武史の脳裏で繰り返す。範子のほんの微かな香りが柔らかく武史を包んでいた。それは、淡いクリーム色を連想させる、少し甘くて清潔そうな香りだった。<br />「……」<br />「今だけじゃなくて……。ずっと」<br />　武史はそれが愛の告白であることを悟った。<br />「ここは夢の中じゃないんだ。ずっと傍にいて欲しいだなんて言ったら、本当に死ぬまで君から離れないよ」<br />「うん、かまわない」<br />　不安そうな目を向ける範子に、武史は優しく微笑んだ。<br />　範子は、一生傍にいる、と言われて世の中の全ての幸運を手にしたような気持ちになった。しかし同時に、それが星に願いをかけるような淡い約束だということも分かっていた。<br /><br />　二人が付き合うようになって一年がたった。範子は相変わらず不眠症で寝不足の毎日が続いていたが、一人暮しの範子のもとに、毎日武史が訪ねて来てくれていたから、なんとか耐えることができていた。<br />「コーラある？」<br />　範子の部屋でコートを脱ぐと武史が言った。<br />「あるけど、こんなに寒いのにコーラなんか飲むの？」<br />「外は寒いけど、部屋は暖かいだろ。外を歩いていたら、喉が乾燥してさあ。強い刺激が欲しいんだ」<br />「はいはい、ちょっと待ってね」<br />　範子は冷蔵庫からコーラの缶を取り出し、コップに注いだ。<br />「で、話ってなんだい？」<br />「ああ、話ね」<br />　小声で言うと、範子は武史の前にコップを置いた。その手は微かに震えているように見えた。<br />「ああ、じゃないよ。電話で思いつめたように言うから、慌てて来たんだぞ」<br />「ごめん」<br />　範子は正座してうつむいた。わずかに眉を動かし、微かに溜め息をつきながら自分の中の言葉を探しているらしかった。ひどく残酷なことをしてしているのではないか、範子を困らせていると思った武史は、もう、いいよ。テレビでも見よう、と言おうとした。しかし、範子の方が先に口を開いた。<br />「……ができたみたい」<br />　あまりに小さい声で、武史には届かなかった。<br />「何だって？　聞こえない。もう一回、言って」<br />　耳を向けた武史に向かって、範子ははっきりとした口調で言った。<br />「子供ができたみたい」<br />　あまりに突然の告白に、武史は戸惑いを隠せない様子で範子の手元に目をやった。頭の中では、伝えたい気持ちを表現をする言葉が見つからず、ありふれた言葉がコーラの泡のように生まれては消えていった。<br />「私、どうしたらいい？」<br />　範子は、不安そうな表情を浮かべる武史の気持ちを読み取ろうと、目の奥を覗きこんだ。<br />「結婚しよう」<br />　武史の言葉に表情一つ変えない範子は、しばらく黙ったまま武史を見つめた。風が窓を揺らす微かな音が気になるくらいに静かな時が流れた。そして、音がやむと、それを合図にするように範子が声を出す。<br />「私に子供ができてしかたがないから、結婚しようって言ってるだけでしょ。武史は私に愛情なんてないのよ」<br />「待てよ。俺はお前のことが好きだし、愛してるよ」<br />「そんなの絶対嘘よ。つきあい始めてから愛してるって一度も言ってくれたことなかったし、毎週のように私からお金を借りていってるのに一度も返してくれたことないじゃない。どうせ、お金が目当てで私とつきあっているんでしょ？」<br />　風船が割れたような音が部屋に響いた。範子が頬に手をやると、潤んだ瞳から涙が流れた。<br />「ごめん……」<br />　武史は、範子の頬を叩いた手の平を後悔するように見つめた。範子の傍をすりぬけ、武史はベランダへ出る戸を開けた。乾いた冷たい風が吹き込み、部屋が一瞬にして凍りついた。<br />　範子は武史の行動を黙って見つめた。<br />　ビルの七階のベランダに立った武史は、遠くを見つめた。目線の先には無数の街の光が映る。車のヘッドライトの光が、小さな虫のようにゆっくりと動いていた。<br />「なあ、範子」<br />　範子は涙でぼやける目をベランダに向けた。<br />「前に言ったよなあ。死ぬまで傍にいるって」<br />　よろよろと立ち上がって、範子はベランダまで歩き、かすれる声で言った。<br />「うん、覚えてる」<br />「それも、今日でおしまいだ」<br />「どういうこと、武史。何をする気？」<br />　武史はベランダに足をかけると、手摺の上に立った。<br />「ここ七階よ。危ないから降りて」<br />「来るな」<br />　駆け寄る範子を一喝した。範子は恐怖で動けなくなった。<br />「君に信用されないのなら、死んだ方がましだ」<br />「そんな……」<br />「今まで、僕に優しくしてくれてありがとう。死ぬまで傍にいる。その約束は守るよ」<br />「だめ、死なないで。これからも私の傍にいて」<br />　範子の喉が擦り切れたような叫び声を聞きながら、武史は満足げな笑顔を浮かべた。そして、全身の力を抜いた。<br />　武史の体は、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちながら、範子の視界から消えていった。範子は必死に手を伸ばしたが、触れることなく、武史の体は闇に消えていった。<br />　ベランダにへたり込むと、涙が溢れ出た。言葉が何も出てこない。心が枯れるほど泣いて、涙の海へ悲しみを沈めてしまいたかった。<br />　どれくらい泣き続けただろうか、体は冷えきって青白くなっていた。<br />　ふと、人の気配を感じて、範子は視線を上げた。<br />「あっ」<br />　信じられないといった表情で、範子は顔を強張らせた。<br />「何やってるんだ。ベランダなんかで」<br />「た、武史。どうして……」<br />　目の前に立っていたのは、さっきベランダから落ちたはずの武史だった。<br />「どうしてって、何だよ。お前が電話で大事な話があるっていうから、急いで来たのに」<br />　範子は混乱した頭を整理するために、大きく息を吸い込んだ。そして、武史に電話をした直後に、急に睡魔に襲われて眠ったことを思い出した。今さっき、武史がやってきたのも、ベランダから落ちたのも全てが夢だったのだ。<br />「どうせ、またいつものように夢でも見ていたんだろう。いくら不眠症だからって、夢ばかり見過ぎだぞ」<br />「う、うん。ごめん」<br />「まあ、いいよ。早く中に入れよ。風引くぞ」<br />　範子は戸を閉めると、毛布に包まって座った。<br />「コーラある？」<br />　コートを脱ぐと武史が言った。<br />　範子は、夢の中に出てきた武史と同じだと冷静に考えていた。<br />「あるけど、こんなに寒いのにコーラなんか飲むの？」<br />「外は寒いけど、部屋は暖かいだろ。外を歩いていたら、喉が乾燥してさあ。強い刺激が欲しいんだ」<br />「はいはい、ちょっと待ってね」<br />　範子は冷蔵庫からコーラの缶を取り出し、コップに注いだ。<br />「で、話ってなんだい？」<br />「ああ、話ね」<br />　小声で言うと、範子は武史の前にコップを置いた。その手は微かに震えているように見えた。<br />「ああ、じゃないよ。電話で思いつめたように言うから、慌てて来たんだぞ」<br />「ごめん」<br />　範子は正座してうつむいた。わずかに眉を動かし、微かに溜め息をつきながら自分の中の言葉を探しているらしかった。ひどく残酷なことをしてしているのではないか、範子を困らせていると思った武史は、もう、いいよ。テレビでも見よう、と言おうとした。しかし、範子の方が先に口を開いた。<br />「……ができたの」<br />　あまりに小さい声で、武史には届かなかった。<br />「何だって？　聞こえない。もう一回、言って」<br />　耳を向けた武史に向かって、範子ははっきりとした口調で言った。<br />「新しい恋人ができたの」<br /><br />END
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<item rdf:about="http://horror.1to.org/article/62668677.html">
<title>大当たりの男</title>
<link>http://horror.1to.org/article/62668677.html</li